必要なときに自分の道を選べる強さが必要

——自己責任論と母性信仰を結びつける人もいます。血のつながらない父親から虐待されたというニュースに対して「母親が女性を捨てられないせいだ」とニュースにコメントする人も少なくありません。

【桐野】それは明らかに女性差別ですよね。「母親は恋愛なんかするものではない」「子どもを一番に考えるべき」と思っている。もしかしたら女性同士でもそう思って、同性を縛っているところがある。書き込みする側も、これは差別だということに気づいていない。

自己責任論と差別はとても仲がいいのです。差別をする人は想像力が欠けているから、差別だと気づかない。大変な思いをしている人を「この人はどうせがんばれない人だ」と、切り捨ててしまう。

私が若い頃に比べると、差別的な発言に対する社会の意識はかなり変わったと思います。でもそれは建前。ネット上でひどいことを言う人もたくさんいます。「いじめは絶対ダメ」と言いつつ、掲示板では誰かのことを叩く。ダブルスタンダードが当たり前の世の中なんです。

——桐野さんの小説には、ストレートな物言いをする主人公が多い気がします。桐野さん自身の考えを投影されることも多いのでしょうか。

桐野夏生『燕は戻ってこない』(集英社)
桐野夏生『燕は戻ってこない』(集英社)

【桐野】「自分はこうしたい」とはっきり主張できる人は周囲に波風を立たせるので、物語が動きます。だからなるべく強い人間を登場させるようにしています。でも、主人公の行動や思考は「この人ならこう動くだろう」と私が想像しているだけ。今回もリキだからこんなふうに揺らぐだろうと思って描いていますが、もし私自身が物語に登場するなら、どんなに貧しくても代理母になることは選ばないのではないかと思います。なので、物語が動かない(笑)。

でもリキのことは好きです。今まで書いてきた小説も、女性主人公にはほとんど共感できますね。人生において選択を迫られたとき、そこで選べる強さに惹かれます。必要なときに自分の道を自分で決められること。これは私自身が人生において大事にしてきたことの一つかもしれません。

(後編に続く)

構成=樋口可奈子

桐野 夏生(きりの・なつお)
小説家

1951年金沢市生まれ。93年「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞受賞。98年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、04年『残虐記』で柴田錬三郎賞、05年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、『ナニカアル』で10年、11年に島清恋愛文学賞と読売文学賞の二賞を受賞。2015年には紫綬褒章を受章、21年には早稲田大学坪内逍遥大賞を受賞。『バラカ』『日没』『インドラネット』『砂に埋もれる犬』など著書多数。