「ポジティブに明るく頑張ろう」が危険なワケ

やや遠回りになりましたが、冒頭で述べた「有害なポジティブ思考」とはどのような状態なのか、改めて考えてみます。

一言でいうと、それは自分のネガティブな感情を認識できていない、アレキシサイミアのような状況だと考えられます。このような現象は、ポジティブな感情や思考のみを善として、ネガティブを拒絶することで起こり、心身にとって不健康であると言われています。「なんだかよく分からないけど、なんとなく、もやもやしていたり、違和感を持っている」「なんとなく苦しい」、そんな状態です。

常にポジティブであること(あろうとすること)が、むしろ、自分の毒になっているのです。「ネガティブなことは考えないで、明るく頑張ろう」という言葉は、つい言いがちですし、思いがちですが、このような考えが、自分の体と心への気づきを封印してしまうのです。

内受容感覚を上げて心を健康にする

内受容感覚を鍛えるのに、マインドフルネスが有効であるという研究成果が出ています。マインドフルネスとは、「意図的に、この瞬間に、価値判断することなく、注意をむけること」です。マインドフルネストレーニングでは、呼吸瞑想めいそうやマインドフルネス瞑想を行います。さらに、脳指標を用いた研究では、マインドフルネストレーニングの後に、内受容感覚を司る脳の場所(島皮質)の活動変化や脳の構造が変化することも示されています。

自分自身の心の状態を知ることは、決して簡単ではありません。事実、私自身も、それほど苦しいという自覚はなく、前向きに頑張っているだけのつもりで日々をこなしていたら、円形脱毛がたくさんできている、ということがよくあります。

しかし、自分の心、とくに自分の「感情」を正確に認識することは、自分の感情を適切にコントロールすることや、相手への共感する気持ちなどにも直結し、人間社会で生きるためにはとても重要な能力です。

うまく自分の感情を制御できないと、感情に振り回されたり、対人関係に悪影響を及ぼしたりすることにもつながりますし、感情を自覚できないとさまざまな身体症状が現れたりします。自分の感情に深く正しく気づくために、毎日少しずつでもいいので、自分の身体と向き合い、有毒なポジティブ思考に陥っていないか、確認していきましょう。

<参考文献>
・ Damásio, A. R. (1994). Descartes’ error: emotion, reason, and the human brain. Avon Books.
・ Critchley, H. D., Wiens, S., Rotshtein, P., Ohman, A., & Dolan, R.J. (2004). Neural systems supporting interoceptive awareness. Nature neuroscience, 7, 189–195.
・ Haase, L., Stewart, J. L., Youssef, B., May, A. C., Isakovic, S., Simmons, A. N., …, Paulus, M. P. (2016). When the brain does not adequately feel the body: Links between low resilience and interoception. Biological Psychology, 113, 37–45.
・ Mehling, W., Price, C., Daubenmier, J. J., Acree, M., Bartmess, E., & Stewart, A. (2012). The Multidimensional Assessment of Interoceptive Awareness (MAIA). PLOS ONE, 7, e48230.
・ 寺澤悠理・梅田 聡(2014)内受容感覚と感情をつなぐ 心理・神経メカニズム 心理学評論,57, 49–66.
・ 山本和美(2017). マインドフルネスと内受容感覚 〈身〉の医療, 3, 18–24.

細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
東北大学大学院情報科学研究科 加齢医学研究所認知行動脳科学研究分野准教授

内閣府Moonshot研究目標9プロジェクトマネージャー(わたしたちの子育て―child care commons―を実現するための情報基盤技術構築)。内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる若手研究者育成支援事業T創発的研究支援)研究代表者。脳情報を利用した、子どもの非認知能力の育成法や親子のwell-being、大人の個別最適な学習法や行動変容法などについて研究を実施。