ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア侵攻が始まってから連日、オンラインを駆使して世界に支援を呼び掛けている。ジャーナリストの大門小百合さんは「大統領の演説はさまざまなスピーチの手法を駆使し、内容も非常によく練られている。それは、世界から“忘れられない”ための、必死の発信ではないか」という――。
2022年4月23日、キーウの地下鉄駅で会見するウクライナのゼレンスキー大統領を映し出す画面
写真=Sipa USA/時事通信フォト
2022年4月23日、キーウの地下鉄駅で会見するウクライナのゼレンスキー大統領を映し出す画面

「欲しいのはスイーツではなく武器」

「全ての演説には、政治的意図がある」

ハーバード大学の授業で、クリントン元大統領のスピーチライターだった教授が言った言葉だ。留学中だった当時の私には「そんなものだろうか?」とピンと来なかったが、ウクライナで戦争が始まってからは、あの時の教授の言葉の意味が分る気がしている。

ロシアのウクライナ侵攻が始まって2カ月。この間、ウクライナがここまで結束を固め、また各国がウクライナを支援しようと動いたのは、ウクライナのゼレンスキー大統領が「演説」という武器をうまく使ったことも、大きな要因の一つだろう。

4月23日、大統領は避難シェルターにもなったキーウの地下鉄駅で、異例の記者会見を行った。そして、アメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官のキーウ訪問を前に「手ぶらでウクライナ訪問はできない。ケーキやスイーツの土産も求めていない。欲しいのは武器だ」と強い口調で支援を求めた。

これらの言葉に込められた政治的意図は、「戦争を終わらせたい」「そのために必要な支援をしてほしい」。大統領はこの目的のため、戦渦の中で、連日のようにカメラの前で人々に語りかけ、欧米、日本の議会や国際機関などで演説し、各国を説得しようとしてきた。

その勢いは、今も止まっていない。人々の共感を呼び、支持を得るためにと考え抜かれたスピーチの数々は、政治家としての「伝える力」を見せつけるものばかりだ。

ゼレンスキーのスピーチライター

ゼレンスキーのスピーチライターは、38歳の元ジャーナリストで政治アナリストのドミトロ・リトヴィン(Dmytro Lytvyn)だという。彼は、イギリスの新聞オブザーバー(Observer)の取材で、「このテーマは、あまり話さないようにしている」と断った上で、「スピーチでは、感情が一番大事。当然大統領自身が、その感情の表現と論理構成を担っている」と語っている。

ゼレンスキー大統領の政党「Servant of the People(国民のしもべ)」の政治アナリストだったリトヴィン氏は、戦争当初からウクライナ大統領官邸に住み込み、今では毎日大統領の考えを引き出しているという。

喜劇役者から政治家に転じた44歳の大統領と、38歳のスピーチライター。大統領の演説は、相手国の歴史や国民感情を調べ上げたうえで書かれ、老練ささえ感じられるほどに練られている。とても、これほど若いコンビから生み出されているとは思えないほどだ。