日本ではどうか

『ネイチャー』に発表された先述の研究の38カ国での調査に、日本は含まれていませんでした。日本においては、国際的な論文ではないものの、都市部で子どもを育てることと、田舎で子どもを育てることに関するいくつかの調査があります。ベネッセの調査によると、都市部で育った子どもの方が、学業テストのスコアが、数ポイント高くなることが示されています。これらの差の背景には、父親と母親の、収入や学歴の差も大きく影響していることが示されています(この調査では、父親が高学歴高収入で、母親が高学歴な専業主婦であることが、子どものテストスコアの高さに関連していることを示唆しています)。

一方で、独立行政法人国立少年教育振興機構の調査によると、自然の中で遊ぶことは、社会の中で生き抜く力(諦めない力やコミュニケーション力)を育むことを示しています。

子育てをするのに、田舎が良いのか、都会が良いのか、それぞれが持つメリットデメリットを考えると、必ずしもどちらが良い、という結論に行き着くものではないでしょう。たとえば、田舎で山を駆け回り空間認識能力を鍛える子ども時代を過ごしていても、その後教育の機会に恵まれなければ、その才能を発揮する機会を得られない可能性がありますし、逆に、豊富なリソースの中で子どもを育てたとしても、画一的な教育や環境の中で、創造性などの基盤になる空間認識力を鍛えることはできていない可能性もあります。今回新たに示された知見を加味しながらも、自分たち親子にとってはどちらがより向いているのか、将来どのような子どもになってほしいのかを考える必要がありそうです。

<参考文献>
・Coutrot, A., Manley, E., Goodroe, S. et al. Entropy of city street networks linked to future spatial navigation ability. Nature 604, 104-110 (2022).
・Clynes, T. How to raise a genius: lessons from a 45-year study of super-smart children. Nature 537, 152-155 (2016).
・Lubinski, D., Benbow, C. P. & Kell, H. J. Life Paths and Accomplishments of Mathematically Precocious Males and Females Four Decades LaterPsychol. Sci. 25,2217–2232 (2014).
・Kell, H. J., Lubinski, D., Benbow, C. P. & Steiger, J. H. Creativity and technical innovation: Spatial ability’s unique role.Psychol. Sci. 24, 1831–1836 (2013).
・Benesse「教育格差の発生・解消に関する調査研究報告書 第1章 学力の地域格差」(2007~2008)
・独立行政法人国立少年教育振興機構「子供の頃の体験がはぐくむ力とその成果に関する調査研究」(2017)

細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
東北大学 大学院情報科学研究科人間社会情報科学専攻 及び 加齢医学研究所脳科学部門認知行動脳科学研究分野 准教授

東京医科歯科大学大学院医歯学総合博士課程修了。博士(医学)。JSTさきがけ研究員、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員などを経て現職。内閣府ムーンショット型研究目標9プロジェクトマネージャー、ウェルビーイング学会理事、Editorial bord member of Frontiers in Computational Neuroscience、仙台市教育局学びの連携推進室学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト委員会委員、日本ヒト脳マッピング学会広報委員、国立大学宮城教育大附属小学校運営指導委員などを務める。