「自分は大丈夫」が危ない

私はカルト的集団に入る人の心理をずっと研究してきていますが、多くの被害者は、被害に遭う前「自分は大丈夫」と思い込んでいました。つまり本人は、たとえカルトから勧誘されても、おかしい点には気づける、自分はちゃんと断れる、と思っていたのです。

人間は自分の脆弱性を認めたくないもの。特に勧誘に免疫のない若者は、見守ってくれる人や助言者がほしいという気持ちから、「断るにしても、後で良いだろう」とつい話に乗ってしまいがちです。

しかし、相手は勧誘のプロであり、長年かけて培った手練手管を駆使してきます。就職したものの仕事がしっくりこない、職場の人間関係に悩んでいる――。こうした、20代前半によくある迷いを利用して、あの手この手でマインドコントロールしようとするのです。

こうした危険は新社会人に限りません。「人生の転換期」に当たる30代もまた狙われやすい年代。人生を変えたい、自分を変えなくてはいけない、今ならやり直せる、などと思う時期でもあり、女性の場合は、「子どももほしいし、そろそろ結婚したい」と結婚を急ぐ人が被害にあうケースが多々あります。「結婚できないのは根本的に自分に問題がある」と思いがちで、自己啓発やスピリチュアルに救いを求め、そこにカルトがつけ込む隙が生まれてしまうのです。

人間関係もボロボロに

マルチ商法やマルチまがいがもたらす被害は、本人の経済的破綻だけではありません。周囲に自分が信奉する商品を売りつけようとするので、家族や親戚を含め人間関係がボロボロになります。夫婦や親子の家族関係が崩壊することも珍しくありません。また、脱退させることができたとしても、本人には「だまされてしまった」ことで傷つき、自信を失って心に大きなダメージを受けてしまいます。

しかし、商業カルトも「ネズミ構」とでも判断されない限りは合法であり、法律で取り締まることができません。また現状では、救済手段があるのは金銭被害の部分だけです。金銭や契約破棄といった問題であれば、弁護士や消費者ホットライン(局番なしの188)などに相談ができます。また、契約成立後に解約ができる「クーリングオフ制度」が使える可能性もあります。

ただ、運よく早く気づいて、注ぎ込んだお金は取り戻せたとしても、あつれきができた人間関係や崩壊した家族、心身のダメージはそう簡単に修復できるものではありません。そのための相談窓口も、現状ではゼロに等しい状態です。

カルト団体は、宗教でも自己啓発でもビジネスでも、組織存在そのものは合法です。しかしどんな分野でも、いったん入ってしまったら抜け出すのは難しく、本人や家族の人生に多大な被害をもたらします。だからこそ私たちは、その手口を知り、伝えて、自身やわが子が決して引っかからないよう、予防と自衛を心がけなければなりません。

この春から子どもが一人暮らしを始めるという人は、悪質な組織が存在していることやその手口をぜひ伝えてあげてください。マルチ商法やマルチまがいの被害者がこれ以上増えないことを、そして、これらの悲惨な被害実態を踏まえた上で、現実的な法整備が早急に進むことを願っています。

構成=辻村洋子

西田 公昭(にしだ・きみあき)
立正大学心理学部教授

1960年生まれ。89年関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得退学、博士(社会学)。詐欺・悪徳商法の心理学研究の第一人者として新聞、テレビなどのマスメディアでも活躍。著書に『マンガでわかる!高齢者詐欺対策マニュアル』ほか。