8月6日、東京都世田谷区を走行中の小田急線の車内で、乗客10人が男に切りつけられて重軽症を負った。男は警察の調べに対し「勝ち組っぽい女性」を狙ったと話していると東京新聞などが報じている。フェミニズムについて積極的に発言している作家のアルテイシアさんは、「女性を狙った殺人=フェミサイドから目をそらさないで」という――。
小田急線の祖師ケ谷大蔵駅に駆け付けた救急隊員ら=2021年8月6日夜、東京都世田谷区
写真=時事通信フォト
小田急線の祖師ケ谷大蔵駅に駆け付けた救急隊員ら=2021年8月6日夜、東京都世田谷区

「なかったこと」にしてはいけない

小田急線内での事件の報道の後、ずっとこの事件のことを考えている。物書きとして、私はこの事件について書くべきだ。でもどうしてもうまく書けない。

ショック、混乱、怒り、悲しみ、絶望……いろんな感情があふれて文章がまとまらない。でももう、まとまらなくていいやと思った。

うまく書けないけれど、私はこの事件について書く。なぜなら、絶対に忘れ去られてはいけないから。日々のさまざまなニュースに紛れて「なかったこと」にされてはいけないから。

被害者の女性は、一生忘れられない体と心の傷を抱えて生きていくのだろう。今後電車に乗れなくなったり、通学や出勤ができなくなる可能性もある。そうやって突然人生を壊されたのだ、ただ電車に乗っていただけなのに。

こんなひどい事件は許せない、二度と繰り返してはいけない。この文章を読んでいるあなたもきっとそう思っているだろう。

であれば、どうすればこんな事件を防げるか? 自分たちにできることは何か? を一緒に考えてほしい。

女性を狙った“フェミサイド”

容疑者の男は「6年ほど前から、女を殺したいという感情が芽生えた」「出会い系で断られたりして、幸せそうな勝ち組の女を殺したかった」と供述している。

「女を殺したかった」と明確に語っているのだから、この事件はフェミサイドだ。

フェミサイドとは「女性であることを理由に、男性が女性を殺害すること」を指す。フェミサイドの背後にはミソジニー(女性に対する憎悪・嫌悪・差別意識)が存在する。

ネット上で「これはフェミサイドじゃない」と否定している人々は、この社会にミソジニーが存在することを隠したい、臭いものにふたをしたいのだろう。そうした声が大量にあふれることが、この社会が女性差別社会であることを表している。

女性を狙ったフェミサイドの連鎖を防ぐためには、社会が「フェミサイドを許さない」と強い抗議の声を上げる必要がある。

海外ではインセルによる凶悪事件の連鎖が社会問題になっている。

「この事件の容疑者は元ナンパ師だから非モテじゃない」「だからインセルじゃない」という声も上がっているが、そもそも「非モテ=インセル」ではない。そこは誤解がないように強調しておく。

アメリカで生まれたインセルという言葉は「不本意な禁欲主義者」を意味する。わかりやすく言うと「俺が恋愛やセックスをできないのは女が悪い」と女性を逆恨みして、憎悪をつのらせる一部の男性をインセルと呼ぶ。

彼らは「男には恋愛やセックスをする権利がある、女にケアされて性欲を満たされる権利がある、その権利を不当に奪われている」という強い被害者意識を持っている。

また進学、就職、仕事、人間関係……等のあらゆる挫折やストレスを「俺の人生がうまくいかないのはモテないから、つまり女が悪い」と女性に責任転嫁して、逆恨みする傾向がある。