学校に突きつける意外な問題提起

最後に、教育データ利活用ロードマップを見ていて、このロードマップが、結果として現実の学校に突きつけている意外な問題提起があるとも感じた。

それは「児童生徒や学習者の、望まない内面の可視化や個人の選別をしない」ことが教育データ利活用の基本的原則として示されているが、現実の学校は児童生徒・保護者に頼まれてもいないのに通知表の所見欄で、「思いやり」など、どのような観点で評価が行われているのかわからないような内面について、〇×で可視化されることなどが常態化しているのである。

また任意加入のはずの部活動を強制参加にし、高校入試での活動歴などでも、望まない部活動に参加した児童生徒含め、学習履歴(スタディ・ログ)を強制的に利用する実態が出来上がってしまっている。

いくつかの学校の校長室の金庫には法に定める保存期限である20年を経過しても廃棄されない過去の卒業生のアナログデータが詰まっており、(実際にはありえないことだが)歴代校長等で金庫の開け方を知っている関係者がいつでも閲覧できる状況にある。デジタル格納されているより危険な状態で個人情報が学校に保存されている。

このように、学校の教育データ利活用や個人情報保護、そもそも児童生徒について学校が収集している個人情報についての考え方などについて、デジタル政策や個人情報保護政策の流れの中にあるロードマップは意外に深い問いを突きつけているかもしれない。

対話のプラットフォームが必要

教育データ利活用ロードマップに炎上がおきてしまった現在、重要なのは、国民や児童生徒・学習者の個人の権利・尊厳の尊重を前提とした議論ができる対話のプラットフォームをいかに政府が実現するかに尽きるだろう。

私自身も子供のデータの利活用に関わる研究者として政府関係省庁や国会議員にもその重要性を発信するとともに、より丁寧な個人情報の保護のルールの整備や国民・住民との共有に努めていく必要性を実感し、発信を始めている。

教育データ利活用に際し、個人の参加しない権利や消去される権利、そして利活用に同意し活用する場合のルール整備も含め、いま最優先で行われるべき議論に対しデジタル庁はじめ関係省庁が、実はロードマップ整備の途上で発揮してきた参画や意見反映への積極姿勢をより一層推進することを期待している。

同時に読者を含め国民全体がステークホルダーとなる問題である。一時の炎上で政府は懲りただろうと油断せず、期待するメリットも、不安やデメリットも含め、対話のプラットフォームが開かれれば、参画をしていただくことも重要である。

国民・住民と共に作るルール整備こそが、教育にとどまらない分野でのより良い個人情報保護の仕組みとデータ利活用の実現の礎となるのだから。

末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授

1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。