踏み込んだ持論を突然開陳
とりあえず第5波は去ったようだ。緊急事態宣言が解除されたのちも、一日あたりの新型コロナウイルス新規感染者数は全国的に減少、東京都においても2ケタ台の日が続いている。私の勤務する診療所でもこの約1カ月の間、陽性者はほとんど見かけないし、そもそも発熱を主訴に受診する人もめっきり減った。ワクチン接種を済ませた人もやっと7割を超えてきたことも相まって、少しずつ「かつての日常」を取り戻そうという動きも出始めている。
そうしたなかで、今月発足した岸田内閣も次の感染拡大時にむけた備えを万全にすると言いつつも、その一方で日常生活の回復に取り組むなどとして「ワクチン・検査パッケージ等を活用した行動制限の緩和」に軸足を移し始めた。
そのひとつが「GoToトラベル」の再開だ。岸田首相は10月16日、視察先の宮城県で記者の質問に答えた際に「観光業の皆さんから再開を期待する声は大きい」と述べるとともに、ワクチン接種証明と検査の陰性証明を活用して「GoToトラベル」を再開していく意向を示した。
そして同時に「昨年の経験を活かして改良すべきところは改良してやるべきではないか。やっぱり週末に集中してしまっていた。せっかく平日があるわけだから、平日も利用できる方には利用してもらう、そういった観点から平日はポイントを深掘りするとかいうようなことを考えたらどうか」と述べ「GoToトラベル平日優遇案」とも言える踏み込んだ持論まで突然開陳したのである。
時間・金銭的余裕のある人が有利に
これには私も含めて少なからぬ人が違和感と戸惑いを覚えたのではなかろうか。「GoTo」政策とは、コロナ禍で傷ついた旅行業者や飲食業者を国民の消費喚起で救済しようとするものだが、当然ながらその事業には税金が投入される。旅行者・消費者は割引という恩恵を受けるが、その原資は税金だ。すなわちそのカネの「使われ方」は国民の納得が得られるものでなければならないことは言うまでもない。
そもそも観光を目的とした旅行は、それに費やす時間的余裕と金銭的余裕を持つ人によってのみ消費され得るものだ。生活をより豊かにしてくれるものであることは間違いないが、多忙であったり困窮したりしている人にしてみれば、まずは生活。真っ先に消費の対象から外される行為でもある。
すなわち利用者の消費喚起のための割引に税金を投入するという政策は、もともと観光旅行に時間と金銭を費やす余裕のある「恵まれた人」にさらに富を分配移転してしまうものなのだ。いくらコロナ禍で傷ついた業種の救済支援が目的であるとはいえ、はたしてこれは税金の使われ方として公平と言えるだろうか。