口を聞かない年上の男性部下

ただ、中には女性の上司に抵抗を感じる部下もいた。たとえば挨拶から何週間も口をきいてくれない年上の男性社員がいたので、あるとき「同行させてください」と頼んで付いていったことがある。

「一緒に車に乗って販売店をまわり、昼どきに『何を食べるの?』と聞くと、彼はムスッとしていたんです。でも『一緒にあなたの好物を食べましょうよ』と誘っていろいろ話をしていたら、何だか食べている姿がかわいらしくて、『食べる姿、かわいいね』と言ったら、『何なんですか、急に!』と慌てている。そこで怒るかと思ったら、けっこう嬉しそうだったんですよね」

2年後に部署移動が決まり、その部下にも「お世話になりました」と声をかけた。「最初は私のことが嫌いだったよね(笑)」と笑い話のように言うと、彼も「気に入りませんでしたよ。何で俺があなたの言うことを聞かなきゃいけないんだって、最初は思いました」と苦笑する。山本さんはすかさず「正直に言ってくれて、ありがとうね。私もあなたのことは嫌いでした(笑)。でも、結局はひとつの目標に向かって頑張れたから、良かったね」と。

最後は笑顔で握手を交わしたと懐かしむ。

「私はコーセー化粧品のファンであり、当社の人が好きなんですね。一度退職して、再入社させてくれた会社に恩返しをするためにも、これからも大好きな化粧品を通して人を幸せにしたいと思うのです」

社内唯一の女性支店長に。背中を押してくれたのは…

再入社から25年経った今年、山本さんは新潟支店へ異動になり、社内で唯一の女性の支店長に任命された。辞令を受けたときは嬉しかったが、気がかりだったのは家族のこと。

家族会議を開いたところ、夫も同居する義父母も賛成してくれた。かつて山本さんは結婚を機に夫の赴任先へついていったが、今度は夫が快く妻の背中を押してくれたのだ。

コーセー 新潟支店 支店長 山本恵子さん
写真提供=コーセー

この春から単身赴任した山本さんは64名の部下とともに新たなスタートを切った。長引くコロナ禍での販促にはさまざまな課題もあるが、その先に目指すことは見えているという。

「化粧品は女性にとって欠かせないものですが、それは美容のためだけでなく、心の癒やしにもなると思うのです。いずれマスクがいらなくなった時にどんなメイクを楽しみたいのかを想像しながら、いろんな新製品を試していただけたらいいですね」

マスク生活が続く中では化粧もおざなりになり、皮膚のたるみなどが気になるが、マスクを着けていても、口角を2ミリ上げることが効果的とか。「笑顔が大切です!」と山本さんからのアドバイスだ。

(※2021年10月22日時点のインタビュー内容です)

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。