化粧品会社・コーセーで、社内唯一の女性支店長として活躍する山本恵子さんは、普段から部下にプライベートの相談をされることも多い人望の厚い管理職だ。そんな山本さんも、はじめは空回りマネジメントでチームの雰囲気を悪化させ、ミスが起きる度にいら立つばかりだったと話す。山本さんを変えた、同僚のあるショッキングな一言とは――。

一度は辞めたコーセーで、また

メイクが好きで、人をきれいにする仕事を目指して入社したのがコーセー化粧品だった。美容部員として百貨店の店頭に立ち、お客さまの悩みや希望を聞きながら、個性に合う化粧品をお勧めする。人とのふれあいを大切にする接客の仕事にやりがいを感じていた。

コーセー 新潟支店 支店長 山本恵子さん
コーセー 新潟支店 支店長 山本恵子さん(写真提供=コーセー)

「初めて出会う方々と言葉をかわし、きれいになって帰っていただく。親しくなったお客さまに『この間はありがとうね』と喜んでもらえることがすごく嬉しかったので、本当は辞めたくなかったのですが……」

実は8年間勤めた後、山本恵子さんは一度退社していた。結婚を機に東京を離れて夫の転勤先へついていくことを決めたのだ。福井、大阪と移り住み、いくつかアルバイトも経験したが、またコーセーで働きたいという思いが募る。その後、東京へ戻った山本さんは化粧品の専門店でコーセーの営業マンから声をかけられた。「もしよかったら働いてみる?」と。2年のブランクを経て再入社した山本さんは、人材育成に携わることになる。

部下のミスを増やした“独りよがりのマネジメント”

2003年には本社の美容教育グループへ配属され、全国の美容部員を育成するインストラクターを務めた。10年後に教育課のチーフを任されたが、当時は空回りするばかりだったと振り返る。

「新しいことに取り組む姿勢をメンバーに見せたい、他部署から良く見られたいなどと背伸びをしていたのだと思います。独りよがりになって心に余裕もなく、チームの人間関係はだんだん悪化してギスギスしていきました」

十数名の部下は全員女性で、単身赴任している人や子育てしている人など家庭の事情を抱えるメンバーが多かった。しかし余裕がなく職場の人間関係に悩んでいる人の話も聞いてあげられず、優しい言葉をかけることはなかった。部下との距離は遠ざかっていき、何か指示しても「はい、わかりました」で終わってしまう。チーム内で仕事のミスも増えていった。

「その部署では教材テキストやツールの作成をしており、わずかな誤植でも刷り直しの費用がかさむ。私は会社に損害を与えてしまうことを怖れ、失敗してはいけないと気が張りつめていました。何かミスが起きる度、なぜ私の気持ちが伝わらないのか、同じ過ちを繰り返すのか……と落ち込み、そのいら立ちがメンバーに伝わっていたと思います」

「あなたの部下がいちばんかわいそう」

当時は新製品が出ると、全国のインストラクターにテレビ会議で伝達していた。山本さんはその会議で商品の説明をしていたが、あるとき同僚から「テレビ会議の録画を見た方がいいよ」と忠告される。自分ではきちんとやっているつもりだったので「何で?」と思うが、実際に録画を見てがくぜんとした。

「すごく怖い顔をしていたことに気づきました。お客さまに夢や希望を与える化粧品を扱っているのに、これは商品を販売する人の顔じゃないと。だから、チームのメンバーも私のご機嫌をうかがうような目つきをするのかと腑に落ちたのです。その同僚には『そんな責任者の下で働くあなたの部下がいちばんかわいそう』と言われ、心に突き刺さりました」

そのときふと、上司に業績評価の面談で注意されたことを思い出した。チーフになって間もない頃、「自分の物差しで他人を測る」と指摘されたのだ。私ができることは皆もできるだろうと思って指示しても、自分の物差しで測っているにすぎず、相手の立場で考えてはいないのだと。頭では理解したつもりでも、自分は変わっていなかったのだと反省した。

そもそもメンバー全員のことをきちんと把握していただろうか……。顧みると、一人ひとりの個性やどんな家族構成なのかも知らなかった。あらためて部下と向き合おうと思い、仕事に対する思いや抱えている問題などを聞かせてもらう面談をした。会社の外でお茶を飲んだり、食事に誘ったりして、二人でゆっくり話せる時間をとったのだ。

「私は物事を包み隠すのが嫌なので、『最近いろいろあったよね。たぶん私に対して不満もあると思うから、ざっくばらんに話を聞きたいの』と声をかけました。すると最初は部下も黙っているけれど、少しずつ心を開いてくれて。『忙しそうで声をかけづらかった』『もっと仕事を振ってくれたらよかったのに』と言われると、まさしくその通り。私ももっと部下を頼りにすればよかったと思いました」

やがて部下は職場でも何でも話してくれるようになり、「報・連・相」もスムーズになっていく。チーム内の情報共有や業務の連携も強化され、ミスが少なくなった。

コーチングにも通い接し方を改革!

山本さんはコーチングのセミナーにも通った。部下との接し方を変えようと努め、幾つか心に決めたことがある。ひとつは、部下に「お忙しいところ申し訳ありません。今、お時間いいですか?」と聞かれたら、何をやっていても手を止めて「全然忙しくないよ。大丈夫だよ」と笑顔で答えること。もう一つは、チーム内でより発言しやすい雰囲気をつくることだ。会議ではまず気持ちを和らげる話をしてから笑顔でスタートする。大きなプロジェクトやイベントなど、メンバーがやりたいと言ったことは、全面的にバックアップした。

「何もしないでモヤモヤするなら、とにかくやってみようと。『あとはいいよ、私が面倒見る』と背を押しました。失敗したらどうしよう、うまくいかなかったら……メンバーが弱気になったときは『女は度胸!』と励まして(笑)。新しいことに挑戦すれば失敗もするけれど、次にミスしないためには何をすればいいかを皆に考えてもらう。私から結論を出さず、メンバーの主体性を信じることで一人ひとりの能力も引き出せるように努力しました」

思わず涙が込みあげた部下の言葉

もともと「仕事は楽じゃないけど、とことん楽しくやる」ことが、入社時からのポリシーだったという山本さん。周りからは「悩み事なんてないでしょう」と言われるほど、いつも元気なことが取柄だったが、いつしか楽しくやることができなくなっていた。初めて管理職になった頃は一人で何でもやろうとして、ずっと孤独感もあった。だが、チームのメンバーと話し合えるようになると、仕事もどんどん楽しくなっていく。一人ひとりが楽しく、やりがいを持って働ける環境づくりを最優先業務にしたという。

「部下からはプライベートな悩みも聞きます。重要な仕事の最中に、子どもを病院へ連れて行かなければいけなくなった人がいたら、チーフの自分から『代わりにやるから大丈夫だよ』と言うと、他の子が『私がやっておくからいいですよ』と引き受けてくれるようになる。私の言動をきっかけに、互いに支え合う環境づくりも大切でしたね」

チーフを務めて2年後、山本さんは課長代理に昇進した。社内で辞令をもらった日、部下に報告すると、「おめでとうございます! 私たちもこのチームで働けて嬉しいです。恵子さんが上司で良かった」と心から喜んでくれた。「もっと上を目指してくださいね!」と皆が拍手してくれて、思わず涙が込みあげたと山本さんは照れる。

「独りよがりになっていた自分に気づかせてくれたのも、チームの仲間だった。教育グループでの16年間には私も後輩からたくさんのことを学び、仕事は『人』がすべてなのだと実感しました」

口を聞かない年上の男性部下

ただ、中には女性の上司に抵抗を感じる部下もいた。たとえば挨拶から何週間も口をきいてくれない年上の男性社員がいたので、あるとき「同行させてください」と頼んで付いていったことがある。

「一緒に車に乗って販売店をまわり、昼どきに『何を食べるの?』と聞くと、彼はムスッとしていたんです。でも『一緒にあなたの好物を食べましょうよ』と誘っていろいろ話をしていたら、何だか食べている姿がかわいらしくて、『食べる姿、かわいいね』と言ったら、『何なんですか、急に!』と慌てている。そこで怒るかと思ったら、けっこう嬉しそうだったんですよね」

2年後に部署移動が決まり、その部下にも「お世話になりました」と声をかけた。「最初は私のことが嫌いだったよね(笑)」と笑い話のように言うと、彼も「気に入りませんでしたよ。何で俺があなたの言うことを聞かなきゃいけないんだって、最初は思いました」と苦笑する。山本さんはすかさず「正直に言ってくれて、ありがとうね。私もあなたのことは嫌いでした(笑)。でも、結局はひとつの目標に向かって頑張れたから、良かったね」と。

最後は笑顔で握手を交わしたと懐かしむ。

「私はコーセー化粧品のファンであり、当社の人が好きなんですね。一度退職して、再入社させてくれた会社に恩返しをするためにも、これからも大好きな化粧品を通して人を幸せにしたいと思うのです」

社内唯一の女性支店長に。背中を押してくれたのは…

再入社から25年経った今年、山本さんは新潟支店へ異動になり、社内で唯一の女性の支店長に任命された。辞令を受けたときは嬉しかったが、気がかりだったのは家族のこと。

家族会議を開いたところ、夫も同居する義父母も賛成してくれた。かつて山本さんは結婚を機に夫の赴任先へついていったが、今度は夫が快く妻の背中を押してくれたのだ。

コーセー 新潟支店 支店長 山本恵子さん
写真提供=コーセー

この春から単身赴任した山本さんは64名の部下とともに新たなスタートを切った。長引くコロナ禍での販促にはさまざまな課題もあるが、その先に目指すことは見えているという。

「化粧品は女性にとって欠かせないものですが、それは美容のためだけでなく、心の癒やしにもなると思うのです。いずれマスクがいらなくなった時にどんなメイクを楽しみたいのかを想像しながら、いろんな新製品を試していただけたらいいですね」

マスク生活が続く中では化粧もおざなりになり、皮膚のたるみなどが気になるが、マスクを着けていても、口角を2ミリ上げることが効果的とか。「笑顔が大切です!」と山本さんからのアドバイスだ。

(※2021年10月22日時点のインタビュー内容です)