将来のために貯蓄ができるかどうか
この具体例としてあげられるのが消費と貯蓄の行動です。我慢強い人ほど、今物を買うのを我慢して貯金することができ、そのお金を将来使うことができます。これに対して、我慢強くない人ほど、目の前のことにお金を使ってしまい、将来のために取っておくことができません。この結果、我慢強くない人ほど、貯蓄率が低く、借金を持つ比率が高くなってしまいます。
また、喫煙行動も同じです。将来のために今我慢できる人ほど、健康を害する可能性のある喫煙率が低くなる傾向にあります。これに対して、将来よりも今の楽しみを重視する人ほど、喫煙率が高くなってしまいます(※2)。
このように、「夏休みの宿題をいつ終わらせたのか」の答えは、その人がどの程度「将来を見越して今我慢できるのか」を判断する材料となるだけでなく、その他の行動とも関連するため、非常に興味深いものとなるのです。
肥満や離婚とも関連する
これまで見てきた「将来のために今どれだけ我慢できるのか」は、経済学の中では時間割引率という概念を用いて計測します。
通常、お金に関する仮想的な質問を用いて時間割引率を計測するのですが、「将来のために今我慢できる」傾向が強いほど、時間割引率が低いと言います。これに対して、「将来のための我慢よりも今を楽しみたい」傾向が強いほど、時間割引率が高いと言います。
近年、この時間割引率を用いた研究が徐々に蓄積されてきており、喫煙や借金以外の行動とも関連することがわかってきています。
その1つの例としてあげられるのが肥満です(※3)。
将来を見据え今我慢できる人ほど、過剰なカロリー摂取を控える傾向があります。これに対して、将来よりも今の楽しみを重視する人ほど、ついつい食べ過ぎてしまい、肥満率も高くなる傾向があるというわけです(もちろん肥満には遺伝的な要因も関連するという点に注意が必要です)。
もう1つの例としてあげられるのが離婚です(※4)。
「将来のために今どれだけ我慢できるのか」という点は2つの経路を通じて離婚に影響を及ぼすことがわかっています。
1つ目の経路は、結婚後のショックへの対処です。結婚前に想像しなかった出来事(失業や重い病気)が発生した場合、将来のために今我慢できる人ほど、離婚しづらいことがわかっています。結婚生活の状況が悪くなったとしても、衝動的に行動せず、将来状況が変わって結婚生活がうまくいくようになるまで我慢するというわけです。
2つ目の経路は、結婚相手を選ぶ際にかけた時間です。将来のために今我慢できる人ほど、結婚相手をじっくり慎重に選びます。このため、結婚相手との相性もよく、そもそも離婚しにくくなるというメカニズムがあるのです。
※2 夏休みの宿題を行うタイミングと喫煙、借金の関係については、池田新介(2006)「経済行動を左右する『時間割引率』」週刊エコノミスト, 2006年2月21日号, pp. 48-51をご参照ください。
※3 池田新介(2012)『自滅する選択-先延ばしで後悔しないための新しい経済学-』東洋経済新報社.
※4 Paola, D, M., & Giolia, F. (2017). Does patience matter in marriage stability? Some evidence from Italy. Review of Economics of the Household, 15, 549-577.