差別的な構造が五輪で表面化

今大会に参加したLGBTQの選手は、公表されているだけで史上最多の182人。これは、2016年のリオ大会の56人の3倍にあたる。

ただ、日本でのマイノリティーや多様性に対する理解については疑問が残る。

「これまで、『スポーツの世界は別だから』とか『日本は違うから』という、なぞのロジックで封じ込められてきた、日本の社会やスポーツ界の差別的な構造が、五輪を機に表面化した」と話すのは、LGBTQの権利擁護団体であるプライドハウス東京の松中権さんだ。

松中さんは、組織委員会の人権労働ワーキンググループの委員も務め、さまざまなアドバイスをしてきた。

たとえば、ボランティアの着るユニフォームも、トランスジェンダーの人にサンプル段階で着てもらい、助言をもらい変更を加えたそうだ。また、組織委員会のダイバーシティ&インクルージョンのガイドブックを作り、職員の研修も手伝ってきた。組織委員会の内部にこうしたチームがいる一方、「人権や差別の問題は、そのチームだけの担当分野だ」と見なされ、問題意識が組織委員会全体に広がるまでには至らなかったという。

「LGBTQの理解を深めてもらうため、本当はメディア向けに勉強会を開きたかったんですが、組織委員会に、それは難しいと言われました。一方、IOCとは直接話すことができ、ガイドブックを渡すこともできました。また、ハバードさんの試合前日には、国際重量挙げ連盟の人がプライドハウスに来てくれ、ガイドブックのURLの入ったポストカードをメディアの皆さんに配ってくれました」と、松中さんは言う。グローバルな組織と日本の組織の意識の差を感じたという。

「LGBTQ法見送り」「同性婚禁止」の国の五輪

ブルームバーグ通信は、東京オリンピックが掲げる多様性と調和のビジョンに関連して、「東京オリンピックは、LGBTQの理解促進のための法案を通すことができず、同性婚に反対する勢力が権力の中枢に根付いている国で開催されている」と記事の中で皮肉った。

松中さんによると、五輪期間中、プライドハウスには30社以上のグローバルメディアが取材にきたそうだ。彼らは大会の話だけでなく、前国会で与党の反対で提出に至らなかったLGBTQの法案についても、かなり関心を持って聞いてきたという。

現在開催されているパラリンピックは、五輪以上に多様性と調和が重視されるべき大会だ。

「LGBTQのことも、『自分のまわりにはいない』という誤った認識から、差別、偏見がなくならない構造がある。パラリンピックに関しても、『自分たちの家族や友人の中にも起こりうることなんだ』と感じられるよう、皆さんが意識を向けられればよいと思っています」と松中さんは話す。

世界人口の15%に障害があると言われる中、今度はパラリンピックを通じ、日本はどんなメッセージを世界に発信することができるのだろうか。そして、今回の五輪、パラリンピックから、日本人は何を学ぶのだろう。東京大会の終了後、私たちの手元に残るのは、日本社会の変革という大きな宿題だ。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員

上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。