児童虐待という言葉を死語にするために必要なこと
子育てがしやすい社会を作るため、私たちはフローレンスを立ち上げて変化を起こしてきました。フローレンスができた17年前は、病気から回復途中の子どもを預かる「病児保育」は一般的ではありませんでした。当時は「病気の時に子どもを預けるなんて」という批判も受けました。
0〜2歳の子どもを少人数で預かる「小規模保育」も、待機児童解消のために私たちがマンションの一室で始めたのがきっかけ。今では国の認可事業として位置づけられ、全国に約6000施設もあります。また、預け先が少なかった、人工呼吸器などを使う「医療的ケア児」を預かる保育園なども開設しました。私たちが関連団体とともに約6年にわたって医療的ケア児家庭への支援を訴えかけてきた結果、「医療的ケア児支援法」が2021年6月11日に参議院本会議で可決されました。これによって、各省庁や地方自治体の「努力義務」とされてきた医療的ケア児への支援が、「責務」に変わりました。さらに、地方交付税としての予算も配分されることになります。こうして考えると、およそ20年間で子育てを取り巻く環境は相当進歩したといえるでしょう。
ですが、まだまだ十分ではありません。児童虐待の話もいつまでたってもなくなりません。私たちはこの「児童虐待」という言葉を死語にしたいと思っています。
今、「飢饉」という言葉は死後になっていますよね。かつては日本でも、農作物の不作などによる飢饉が起きていましたが、戦後の75年間はそんなことは一度も起こっていません。同じように、児童虐待も「昔はそんなことがあったらしいけれど、今はもうない」という社会を作りたい。
これと同様に、男女間の格差も次の世代には決して渡したくありません。変えなくてはいけないところや、作らないといけない「当たり前」はたくさんあります。男性育休もその一つ。家族が亡くなったら忌引きを取るのが当たり前だったのに、家族が増えるときに休もうとは誰も考えてきませんでした。今後は「家族が生まれたら休む」というのが当たり前の世の中にしていかなければなりません。
行動しなければ何も変わりません。選挙もそう。選挙という制度ができても誰も投票しなかったら、民主主義は機能しないですよね。われわれが社会の代表を選んで、その人に統治されるということは、一人ひとりの投票行動がなければ成り立たない。子育てしやすい社会にするためには、「そうなったらいいね」ではなく、そうさせるために行動するしかないのです。
構成=樋口可奈子
1979年、東京都生まれ。99年慶應義塾大学総合政策学部入学。同大学卒業後、NPO法人「フローレンス」を起業し、代表理事に就任する。10年待機児童問題を解決するため、小規模保育サービス「おうち保育園」を開園。『「社会を変える」を仕事にする社会起業家という生き方』(英治出版)、『働き方革命』(ちくま新書)など著書は多数ある。