企業間格差と悪用のリスク

考えられる副作用としては、まず企業間格差が生まれることが挙げられます。この制度は体力的に余裕のある企業、つまり大企業から導入が進んでいくはずで、そうなるともともと働きやすかった会社がさらに働きやすくなり、人材も多く集まるようになっていきます。

一方、余裕がない会社はなかなか導入できないでしょうから、労働環境の面で大企業に大きく引き離されてしまいます。結果として、優れた人材がますます余裕のある企業ばかりに集まってしまい、その影響から業績や成長性などさまざまな面で格差が広がっていく可能性があります。

不平等の概念
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導入するだけの余裕がある企業はますます余裕ができ、もともと余裕がない企業はますます余裕がなくなっていく──。そうした企業間格差が、よりはっきりした形で表れ始めるのではないでしょうか。

また、もうひとつの副作用としては「悪用のリスク」があります。例えば、コロナ禍や景気の影響で業績が落ちた企業が、人件費を削減する目的で週休3日を実質的に強要するケースなどです。そうすると結果的に、望まない賃金の低下に結びつくことになります。

本来、選択的週休3日制の「選択」は、希望するかしないかを社員が自由に選べるという意味。ここが強要に変わってしまっては社員にとって不利益になりますから、企業側にそうさせない仕組みが必要になります。

企業淘汰が進む

上記と重なりますが、この制度が普及していくと、3つ目の副作用として企業淘汰が進むことが考えられます。これは企業間格差が広がるためでもありますが、人材を集めるために無理に制度を導入したり、あるいは導入が義務化されることになると、体力的にもたない企業が出てくるからです。

日本の、特に中小企業では、労働条件や仕事内容が多少厳しくても、家計のために働き続けている人が少なくありません。日本では労働条件より雇用を守ることのほうが優先される傾向にあるため、政府も国民もきつい働き方を大目に見てきた経緯があります。中小企業の中には、こうしたきつい働き方を社員にさせてきたからこそ雇用を維持できてきたところもあるでしょう。

しかし、たとえばヨーロッパの一部の国ではこうした働き方は許容されません。失業者は多いのですが、失業補償が手厚いため「きつい働き方をするぐらいなら辞める」という選択をする人が多いのです。結果として、労働条件や仕事内容が厳しい企業は淘汰され、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現している企業が増えていくという状況が生まれています。