「旧姓」を英語でどう訳すか

日本では、結婚した男女は同一の氏を名乗ることは定められているが、妻が夫の姓に改姓しなければならないということは義務付けられていない。それでも、日本で96%の女性が夫の姓に変わっているのは、慣習や家族、社会からのプレッシャーが大きいということがあると思う。

また、国連の女子差別撤回委員会は夫婦別姓を認めない日本の民法規定が差別的だとして、日本に対し是正勧告を過去3回も出している。

女性ばかりが不利益を被ると思っていたら、2018年にサイボウズの青野慶久社長ら4人が国を相手取り、「結婚の時『夫婦別姓』を選ぶことができない戸籍法の規定は憲法に反している」などとして裁判を起こした。青野氏は結婚した際、妻の希望に応じて妻の姓を選び、煩雑な名義変更手続きなどをしなければならなかったばかりか、通称として青野を使い続けたことでさまざまな混乱が生じたという。

当時、私はジャパンタイムズで編集局長をしていたのだが、外国人の関心も高かったため、このニュースを1面で取り上げることにした。

ところが、記者の書いた原稿をチェックしていると、原稿の中で旧姓がmaiden name と表現されている。もちろん、旧姓の英語訳はmaiden nameというのが一般的だが、実はこのmaidenには「乙女の」とか「娘の」という意味がある。

「男性が改姓した場合もmaiden nameというのだろうか?」

そんな素朴な疑問が私の頭に浮かんだ。そこで、近くにいたアメリカ人のエディターに「男性の旧姓の場合はどう英語で表現するの?」と聞いてみたが、返ってきた答えは、「maiden name以外はない」というものだった。

結局、青野氏のケースは、社内で話し合い、premarital name(結婚前の姓)と表現することで落ち着いたのだが、欧米ですら、姓は女性が変えるものだということが当たり前だと思われていることを目の当たりにした一件だった。

選択的夫婦別姓制度を求め東京地裁に提訴し、記者会見するサイボウズの青野慶久社長(左)
写真=時事通信フォト
選択的夫婦別姓制度を求め東京地裁に提訴し、記者会見するサイボウズの青野慶久社長(左)=2018年1月9日、東京・霞が関の司法記者クラブ

変化する欧米の意識

前述の例からもわかるように、結婚した妻が夫の姓に変わるのは、なにも日本に限ったことではない。

例えば、イギリスで苗字が使われ浸透し始めたのは14世紀頃だといわれているが、当時は結婚した女性は苗字がなくなり、「wife of xx(~の妻)」と呼ばれたという。イギリスのブラッドフォード大学のサイモン・ダンカン教授によると、妻は夫の所有物という考え方があったからだという。ある2016年のイギリスの調査でも90パーセントのイギリス女性が結婚後、夫の姓に変わっているという結果がでている。

しかし、現代のイギリスでは、虚偽でなく、その人がその名前で知られているのであれば、法律上は好きな名前を正式な名前として登録できる。結婚した時に、結婚前の旧姓を正式な名前として登録してもよいし(というより、自分の名前に変更がなければ届け出る必要はない)、夫の名前に変更してもよい。その場合、旧姓をミドルネームにする人もいる。結婚した2人の姓をつなげて作った姓や、2人の姓をハイフンでつなげた姓を登録してもよい。イギリスの結婚証明書には、結婚前の当事者の姓が記載されているので、姓を変更したとしても、姓の変更を要求したことを裏付ける証拠となる。こんな具合に現在の制度はきわめて臨機応変だ。