ヒラリーとハリスを分かつ決定的な違い
ヒラリーとハリスは、どちらもカリスマ性がある女性政治家だが、ハリスのキャリアには夫やパートナーといった「男性」の姿がつきまとわない。その身軽さは、ハリスの利点だ。
むろん、ハリスにはヒラリーにはない「黒人」というスティグマ(差別や偏見の対象となる属性)がある。アメリカで最も差別されているグループは「黒人女性」だ。雇用や賃金だけではない。地域によっては生命を脅かされるほどだ。
だが、ハリスは「黒人」という自分のアイデンティティを堂々と示したうえで、自力でこの地位にたどり着いた人物である。オバマ元大統領は、アイビー・リーグ大学のコロンビア大学を卒業してハーバード大学ロースクールで学んだが、ハリスは最初から名門の黒人大学である「ハワード大学」を選んだ。ハワード大学の卒業生には、黒人として初めてノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンや俳優のチャドウィック・ボーズマンなどがいるが、副大統領は初めてのことだ。ここでもハリスは歴史を書き換えた。
初の「黒人女性大統領」は誕生するのか
次期大統領のジョー・バイデンは、就任時には78歳になる。そこで、「バイデンが引退してハリスが大統領になる」というシナリオを想像する人は少なからず存在する。オバマが大統領になったときには、黒人の地位が上がるよりも、黒人に対する偏見や差別が噴出する「バックラッシュ」が起こったこともあり、「黒人女性大統領」の誕生によるバックラッシュを心配する人もいる。ハリスが大統領になったら、バックラッシュは起きるだろう。オバマ大統領に続いてトランプ大統領が誕生したように、「マッチョな白人男性」への支持が噴出する可能性は大いにある。
2016年には白人女性の53%がトランプに票を投じたのだが、それについてレベッカ・ソルニットは『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)で「アメリカ合衆国に住む女性の多くがフェミニストではないということに、わたしは驚かない。フェミニストであるためには、自分たちが平等であり、同じ権利を持つと信じなければならない。だが、自分が属している家族やコミュニティや教会や州がそれに同意しない場合には、日常生活で居心地が悪くなり、危険にもなる」と書いている。ハリスは、そういった女性にとって、ヒラリーよりも「居心地の悪さ」や「危険」を感じさせる存在だろう。
それは、100年前に女性が参政権を得る前に多くの勇気ある女性が戦い、その女性たちに対して多くの女性が非難や批判をした状況とも似ている。私たちは、勇気ある女性を支えるのか、それとも「居心地の良さ」のために不平等に耐え続けるのか、選ばなければならない。
アメリカの女性にその選択を迫るのが、カマラ・ハリス次期副大統領の誕生なのだ。
助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、1995年からアメリカ在住。現在はエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長編新人賞受賞。翻訳書に糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』など。著書に『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』、最新刊に『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)。洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。