感染リスクは一時的に度外視

一方、参加者の大半はマスクを着用していたが、米国政府が推奨する、相手との距離「ソーシャル・ディスタンス」の6フィート(約1.8メートル)はまったく守られていなかった。ひしめき合うというほどではなかったが、マイクを持った人の周りを何重にも人が取り囲んでいた。「抗議のためのデモなのだから致し方ない」(参加者)といい、抗議するという連帯を表すには、感染リスクは一時的にも度外視しているとのこと。行進する形式のデモでも6フィートの距離感は保たれていないという。第2波を引き起こすのではないかと心配するのは筆者だけではないだろう。正直、心配だ。

デモ会場近くの「SOHO」と呼ばれるエリアでは、高級ブランド店も含め大規模な略奪が行われた。州外から大挙してやって来た人間が「大規模にあおった」(米メディア)との見方が支配的ではあるが、多くの人が「まさか、NYでこんなことが起きるなんて」と思ったはずだ。ウイルス、デモ、略奪と「三重苦」に襲われ、在宅勤務や自宅学習を続けてきた日々が水の泡に終わり、再び自粛生活を強いられることになってしまうのか。失業者が続出し、自粛生活のストレスがたまっていたところに、フロイドさんの悲しい事件という新たな変数が加わり、事態がこの先どう展開していくのか、うかがい知れない。

日本人も人種差別と無縁ではいられない

米国でのウイルス禍以来、アジア系住民が罵倒されたり、殴打されたりするケースが相次いだ。そして今度は、建国以来抱えていた奴隷制度に端を発する黒人差別が再び影を落としている。米国社会に深く根を下ろしたまま、幾度となく繰り返されてきた人種差別の歴史。そのひとつに、第2次世界大戦時、ともに敵国だったドイツ・イタリア系米国人と異なり、日系米国人だけが西海岸に集団で強制収容された過去がある。

日本国内で、ヘイトスピーチという言葉が使われるようになって久しい。コロナウイルスの感染者と家族、医療従事者らへの差別もあると聞く。片や、国外に踏み出せば、日本人も差別と無縁ではいられない現実が今もあることは、あらためて肝に銘じておきたい。

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト 元米国在住駐夫 元共同通信政治部記者

1972年生まれ。埼玉県行田市出身。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初めて取得、妻・二児とともに米国に移住。在米中、休職期間満期のため退社。21年、帰国。元コロンビア大東アジア研究所客員研究員。在米時から、駐在員の夫「駐夫」(ちゅうおっと)として、各メディアに多数寄稿。150人超でつくる「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道 政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。修士(政策学)。