ワーママを舐めんなよ
私は欧州から帰国したタイミングで、日本ですっかり普及していた念願のジェルネイルを載せ、「家事も仕事もする」ワーママの意志の表現として、武装を開始した。派手で個性的なネイルを身上に、「またすごい爪しているね」「飽きないの」「お金かかるでしょう」と色々な男女に呆れられるのを、本当の理由はあまり語らずに「女のネイルは、男のプラモみたいなもので、オタクな趣味なんですよ~」と笑った。意図的に目立たせた派手さは、まだ女性活躍推進法以前で“ママ”をお客さん扱いするビジネス社会に向けて、言葉は悪いが「ワーママを舐めんなよ」というメッセージでもあった。
40女の使い込んだ手
あるとき、ワイングラスを握る私の手を見て「ネイルは派手だけど、私と同じ、40女の使い込んだ手をしているね」と指摘した女性がいた。彼女もまさに「舐めんなよ」タイプのワーママで、私が答えずにニヤッとすると、彼女もニヤッと返してきた。
そして裸の手になったいま、時間だけは十分にある中で思うのだ。これまでワーママとして、社会に色々な感情を持っていたけれど、7年間爪の上にジェルを載せてひたすら原稿を書いたり人に会って話を聞いてきたりした結果、あの数々の感情はだいぶ成仏したな、と。私も歳をとったし、子どもも成長したし、社会も随分変わったな、と。武装は解け、緊張や攻撃的な感情は成仏し、私には裸の「使い込んだ、仕事をする手」が残った。
暮らし、働き方、キャリア……人生の「引き算」を考える
「じっと手を見る」。
私は、いま仕事を持つ女性の多くが、多かれ少なかれ人生の棚卸しと整理をしているはずだと考えている。あまり積極的に使う言葉ではないけれど、断捨離と言ってもいい。
自分に高めのハードルを課して克服することを続けてきた、頑張り屋の女性が陥りがちなのは、勢いに乗ってあれもこれも手に入れ、あれもこれもやる、足し算に次ぐ足し算。さあ、ここからはじっくり考えながらの引き算の時間だ。自分にはいまどれだけのキャパシティがあって、何を持っていて、何が大切で、何をもう手放してもいいのか。自分は、どこまでできそうか。前に進むために、いま何を準備しておくか。思いがけぬ巣ごもり生活のおかげで、考える時間ならたっぷりある。
このコロナ禍では、特に初期にインフォデミックという象徴的な造語も出たほど、社会不安、憎悪の増大が見られる。ここからさらに社会の不寛容は増していく、と指摘する識者もいる。困難な時期を迎えて一層あぶり出された、不穏でフェイクで愚かな人間社会。私たちは同じように「不穏でフェイクで愚か」になってしまったら飲み込まれていくだけだ。「穏やかで信頼でき、賢い」、そんな暮らし、キャリア人生をコロナ後も紡いでいくために、私たちはいま個人レベルでできることをじっくり、誠実に模索したい。
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1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。