1つの生き方を誰にも強要しない物語
——家族の形や関係性が一通りでないところも、『若草物語』を今読んでも十分に共感できるポイントだと思いました。
【谷口】150年以上も前に書かれた小説なのに相変わらず瑞々しいのは、使い古された言葉ですけどルイザの「筆力」だと思います。くだらない話は後世に残りません。それを私は勝手に「古典力」と呼んでいるのですが、古典には時代を超えて普遍的なことをさまざまな人の心に訴えかける力があります。日本でも『源氏物語』などはずっと読み継がれていますよね。1回花開いてポッと消える作品には「古典力」がない。
——そんな古典だからこそ、『若草物語』は過去に何度も映画化されていますが、最新の作品は特に「女性の仕事」「結婚と経済」というまるで現代の女性誌のテーマのようなポイントにフォーカスしていた点が新鮮でした。翻訳家として原作を熟知している谷口さんは、どんな印象を持ちましたか?
【谷口】ジョーが“オールドミス”でいるべきかどうか悩むところなどに、この監督は原作の中の台詞をどんどん使い、ルイザの日記からも言葉を採用しています。ジョーが原作者のルイザであるということを最初から頭に入れて作られた映画だということが見ていてよく分かりました。それはこれまでの映画化と違うところですよね。女性である監督自身もジョーに乗りうつったようで、ジョーの女性としての悩みや自立にかなり焦点を絞っています。
——社会的な地位や制度的な面で女性を取り巻く環境は改善されていますが、女性が求めているのは今も当時も変わらないということでしょうか。
【谷口】いつの時代でも、人には自分の気持ちを大切にしてくれる人がそばに必要だと思うし、反対に生き方を人に決められるのはイヤですよね。それは今も昔も絶対に同じだと思います。女には“こうあるべき”という枠があって、「大きくなったらこうなりなさい」と押し付けられるのは誰だってイヤ。
『若草物語』は四姉妹それぞれが個性的なのですが、1つの生き方を誰にも強要していません。「個性と意思を尊重する」人物の描き方が、今でもフレッシュな感覚で読み継がれている理由ではないでしょうか。
山梨県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。アメリカに留学後、児童文学の翻訳を手がける。著書に『サウンド・オブ・ミュージック―トラップ一家の物語―』(講談社)、主な訳書に『若草物語Ⅰ&Ⅱ』(講談社)、『ルイザ―若草物語を生きたひと』(東洋書林)、『長い冬』などの「ローラ物語」全5冊(岩波書店)、『大草原のローラ物語―パイオニア・ガール』(大修館書店)ほか多数。