うまくいくための確率を高めていける、組織や個人とは?

なお、成功のほうに目を向けた場合にも、失敗やミスをどう扱うかによって、その意味が変わります。

ミスや失敗を「なかったこと」にしてしまう組織や個人がなし得る成功の多くは、ミスや失敗の余地のないものか、あるいは、様々な幸運が重なったうえでの偶然的なものです。その成功は、多くの場合、再現性がなく、もう一度成功をしたいと思っても、再び幸運が訪れるのを待つしかありません。

また、うまくいくための確率を高めるために、周りを見ながら──つまり、情報を躍起になってかき集めて、市場やライバル組織の動向に最大限の配慮を払って──目標を設定し、失敗しないように、そろりと試行をすることにもなりがちです。勢いのある競合にはいつまでも追いつけないばかりか、あとからきた新手にも追い越されてしまいます。

一方、ミスや失敗を蓄積し、レベルアップできる組織や個人の成功には、ミスや失敗の余地のないものと、様々な幸運が重なったうえでの偶然的なものに加え、「失敗やミスの芽を摘んでいった先にある成功」という3つ目の要素が加わります。この3つ目の成功の特徴は、「経験に基づいたもの」であり、「再現性がある」こと。前のミスや失敗が、次の成功へのステップになっているということです。

ですから、ミスや失敗を蓄積していける組織や個人は、自らの経験によって、徐々に成功確率を上げていくことができる、というわけです。

成功者ほど「成功」に固執しないワケ

このようにお話しすると、「同じように学ぶなら、ミスや失敗ではなく、成功を通して学んでいきたいです」という方がいます。

飯野謙次『ミスしても評価が高い人は、何をしているのか?』(日経BP)

たしかに、ミスや失敗をするよりも、成功するほうが気持ちがいいですし、振り返るならミスや失敗よりも、成功事例を振り返りたい、という気持ちはわかります。しかし、前述のとおり、成功の中には「様々な幸運が重なったうえでの偶然的なもの」という、ラッキーな成功が少なからずあります。つまり、成功例をどれだけ分析しても、理由がない場合があるのです。

一方、ミスや失敗には、必ず理由があります。たとえば、東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故のような、大規模な事故でもそれは同じです(ちなみに、1000人を超える関連死者を出したこの事故については、失敗学会では、その主な原因を、「起こり得ることがわかっていた巨大津波に対して、その対応を事前に訓練していなかったこと」と結論付けました。「トップの経営判断ミス」というヒューマンファクターも原因の1つです)。

あるいは、エクセルの入力ミスというような小さなことでも、「入力途中で話しかけられた」とか「元のデータを見間違えた」といった原因はあるわけです。ですから、成功事例を振り返る場合と失敗やミスの事例を振り返る場合では、得られる学びが、その質・量ともにまったく違います。

成功事例からは、「次回もこういうふうにしたら、もしかしたらうまくいくかもしれない」というあいまいな学びしか得られないのに対して、失敗事例からは、「このようにしたら、次回も失敗するだろう」という、比較的確度の高い情報を得られるのです。

これらの理由から、限られたリソースで結果を出していきたい私たちとしては、成功を見続けるよりも、ミスや失敗を見たほうが、より効率がよい、ということは確かでしょう。マクドナルドの創業者と呼ばれるレイ・クロックが、「成功はゴミ箱の中に」と言うように、多くの成功者が、その成功に固執しないのにも、同様の背景があるのです。

こうやって考えれば、ミスや失敗の発生は決してネガティブなことではなく、もっと高いレベルに移行するためのチャンスだといえます。もしミスや失敗がなければ、現状維持のループをいつまでもぐるぐる回り続けて終わってしまうかもしれないのです。

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飯野 謙次(いいの・けんじ)
東京大学環境安全研究センター特任研究員

スタンフォード大学工学博士。1959年大阪生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、General Electric原子力発電部門へ入社。その後、スタンフォード大で機械工学・情報工学博士号を取得し、Ricoh Corp.へ入社。2000年、SYDROSE LPを設立、ゼネラルパートナーに就任(現職)。2002年、特定非営利活動法人失敗学会副会長となる。 著書に『ミスしても評価が高い人は、何をしているのか?』(日経BP社)などがある。