チームドクターには全員を無事に下山させるという重責がある。何億円というコストがかかる遠征で、山頂を目前にしても、プロとして時には登頂にNOと言わなくてはならない。

「必要なら断念を進言する立場にあります。みんなが登頂したいさなかで、医師として信頼していただけて、下山を受け入れてもらえたときは、ありがたいなと思います」

本場で学んだ山岳医の神髄。遭難を減らすための医療とは

山岳医をめざしたのは現在の病院で循環器内科医として勤務していたころ、趣味で登ったネパールの山で高山病の人を手当てしたことがきっかけだった。

高山での遭難につながる不調の原因は「低体温」と「脱水」。心拍のチェックと一緒に、登山隊でも予防を欠かさない。趣味は忙しい合間をぬっての登山とスキー。初登頂のアフリカ最高峰キリマンジャロ以来、世界の名峰に挑戦するのが気分転換に。

「その時を機に、山岳医療について系統だった勉強がしたいと思い、専門の教育機関に留学しました」

病院を退職し、イギリスに留学。海外での経験や出会いを通じて、山岳医の使命を意識するようになった。

「山岳医療が社会で役立つためには、遭難者の治療だけでは足りないんです。医師が山でヒーローになっても意味がない。登山者が高山病になったりケガをして遭難したりしないように予防すること、安全な登山のための情報発信など、山に関わる医師としての道が固まりました」

帰国後は北海道の古巣の病院に復帰し、「山岳外来」を開いた。山での死亡原因に多い心臓死は、事前の健康診断でかなり防げる。現在も健康に不安がある登山愛好者が全国から北海道にやってくる。

「病気があれば治療して、治療後の安全な登山を医学的に提案します。運動負荷試験をして、患者さんが無事に下山できるペースも指導します。指導しても無理をする人はしますが、脈拍を意識してもらえば、リスクは減りますから」

また、北海道警察や富山、長野の県警と連携し山岳遭難救助隊のアドバイザーとして、現場の対応に医療知識を提供している。医療と救助の協力体制が進み、救助隊の安全、緊急時の対応、効果のある応急処置の周知など、成果も出てきている。

山の現場は体力と経験勝負。生物学的に男性優位は道理

山や災害救助の世界は男性優位というが、そこで女性医師がうまく仕事をするコツはなんだろうか。

「医師の世界も男社会です。性差を受け入れて分担したほうがやりやすいですね。経験豊富な男性に現場の情報をもらい、私は医学的にアドバイスすることで、包括的な救助が成立するのだと思っています」

仕事が広がると、協力してくれる人がいる一方で、イヤな思いをすることもあるという。

「そんなときは、悔しい思いは横に置いて『やるべきことに集中!』と自分に言い聞かせます。時間は有限、気にしている暇はありません」