「異物」にならないよう、溶け込むことに必死だった

――最後の「孵化」という作品は、接するコミュニティーごとにキャラクターを変えてしまう女性の話でした。環境に過剰適応してしまうという人は多いと思いますが、これも村田さんの実体験から書かれたものでしょうか?

村田:小説ほど極端ではないですが、実体験も入っています。私はものすごく人の顔色をうかがう子供でした。お酒を飲める年になると、無理をしてすごく飲んでみたりして。そうすると「村田さん、いける口だね!」とみんな喜んでくれるから、まわりに溶け込める。当時のバイト仲間には、「めっちゃ酒豪の姉御肌」的存在に思われていたかもしれない。呪われているかのように「溶け込む」ことばかり考えていました。

――「溶け込む」ことに必死になったのは、何か理由があるのですか?

村田:弾かれることが怖かったんでしょうね。子供のころ、学校では、異物として見なされて酷い目に遭っている子がいっぱいいましたから。「大人しい」ならいいんですよ。でも「大人しすぎる」と異物として扱われる。「ほどほどの個性」みたいなものを、みんな求めますよね。がんばって溶け込んで、嫌われないように、弾かれないように……という恐怖感がありました。

――そうした経験が創作の糧になっているのでしょうか?

村田:その圧力に対する苦しみみたいなものは、原点としてあるかもしれないです。

読書で新しい価値観をインストール

――ユニークな発想や常識にとらわれない思考力はどんな職業でも大切です。鍛えるにはどうすればいいと思いますか?

村田:私は本を読むことで救われました。読書によって違う価値感がインストールされる。中学生くらいまでは「自分は女の子だから自分の人生はない」とごく自然に思い込んでいたのですが、高校生の時に山田詠美さんの小説を読んで、「セクシャルな行為を自分の意志でしてもいい。対等なんだ」という当たり前のことに初めて気が付いたんです。

映画やマンガでもよかったのですが、読書は言葉をいったん体にインストールしないといけないので、好きな言葉が自分のものとなって残る感じがいいのかなと思います。海外の作家さんの作品に触れたり、いろんな作家さんの価値観に触れられるアンソロジーから手に取ってみるのも、いいかもしれませんね。

構成=新田 理恵

村田 沙耶香(むらた・さやか)
小説家

1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞。『消滅世界』『地球星人』など著書多数。最新刊は書き下ろしの中編『変半身(かわりみ)』(筑摩書房)。