なぜ人肉を食べてはいけないの?――村田沙耶香さんの『生命式』(河出書房新社)は、「なんとなく当たり前」だと思っていた固定観念にゆさぶりをかけてくる短編集です。私たちが信じている「常識」は果たして本当に正しいのか? そう問いかけてくるような、グロテスクでありながらも、どこか滑稽な作品が12篇収録されています。芥川賞を受賞した『コンビニ人間』(文藝春秋)でも「普通」の中に潜む狂気を浮かび上がらせて話題を呼んだ村田さんに、常識にとらわれない発想の源についてお話を聞きました。

世界を逆転させてみたい

――表題作の「生命式」は、死んだ人を食べながら男女が“受精”相手を探し、見つかったら退場して受精を行う「生命式」が国の奨励で行われている世界が舞台です。2013年に書かれたものだそうですが、執筆の動機は何だったのでしょうか?

村田沙耶香さん

村田沙耶香さん(以下、村田):デビューからずっと世界に対して違和感を持つ主人公を書いてきましたが、だんたんその世界そのものがあやふやに思えてきて、「逆転させてみたい」という気持ちになりました。現実とはまったく違う常識の中で、人が生殖し、普通に暮らしていて、主人公だけが読者と同じ価値感で物事を見ているような構図にしたいと思ったんです。

だけどもともとは、「山本のカシューナッツ炒め」というフレーズを思いついたことが始まりだったんです。鍋だとなんとなくグロテスクですけど、“カシューナッツが入ることで、ちょっと美味おいしそうになっている山本”というシーンが頭に浮かんだんです。そこからいろいろな世界観が生まれて広がっていった物語です。

「人肉を食べる」というのは、嫌悪されるべきものすごいタブーとされていますが、殺したのではなく、「亡くなったおじいちゃんを皆で食べてお葬式をする」という状況なら、実はおじいちゃんもうれしいかもしれない。「なぜ人間を食べちゃいけないの?」のように、小学生が思うような素朴な疑問をずっと忘れていない子供っぽさが自分にはあると思っているんです。自覚している以上に、その子供っぽさがいろんな物語のもとになっていると思います。