競争選好の男女差はどこからくるか

では、このような競争に対する態度の男女差は、遺伝的なものだろうか、それとも文化的なものだろうか。それを明らかにするために、マサイ族という父系的社会とカシ族という母系的社会で競争選好の男女差を明らかにする経済実験が行われた。その結果、母系社会のカシ族では、マサイ族やアメリカでの実験とは逆に、女性の方が男性よりも競争が好きであることが明らかにされている。この結果から、競争に対する選好の男女差は、遺伝的というよりも、文化や教育によって形成されるのではないか、と研究者たちは推測している。

大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波新書)

この文化仮説と整合的な実験結果は、女子校と共学校の生徒を実験参加者にした研究でも得られている。イギリスの中学生に被験者になってもらって、競争選好を計測する実験を行った。その結果、女子校の生徒は、共学の女生徒よりも競争的報酬体系を選ぶ傾向があると報告されている。共学では性別役割分担の意識から女性が競争的な報酬体系を選ばなくなるが、女子校であれば性別役割分担の意識が少なくなり、競争的報酬体系を選ぶことに抵抗がなくなるのかもしれない。トルコの小学生を対象に行われた実験でも、成功するためには努力の役割が重要であること、忍耐強さを奨励するような価値観にさらされた子どもたちの間では、競争選好に対する男女差がなくなったことが示されている。

性別役割分担意識の影響は大きい

日本で行われた実験でも、女性は女性ばかりのグループであれば競争的報酬体系を選ぶ比率が高くなること、自信過剰の程度も高くなることが示されている。女性が男性よりも競争が好きではないという生まれつきの傾向はあるのかもしれないが、性別役割分担の意識の存在の方がやはり大きな影響を与えていると考えられる。

競争に対する態度や競争で実力を発揮できるかどうか、というのは、経済的な格差にもつながってくる。単に、男女間格差だけでなく、文化的な差が経済的パフォーマンスの差にも結び付く可能性がある。

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大竹 文雄(おおたけ・ふみお)
大阪大学大学院経済学研究科教授

編著書に『医療現場の行動経済学』(東洋経済新報社)、著書に『行動経済学の使い方』(岩波新書)、『経済学的思考のセンス』『競争と公平感』『競争社会の歩き方』(いずれも中公新書)ほか多数。