楽ばかりしていると無知になる

——いわゆるママ友付き合いでも印象的なエピソードがありました。学校でアフリカの性器切除の風習が紹介され、アフリカから移民してきた女の子の母親に、みかこさんがそれを疑っていると誤解されてしまうという……。かなりヘビーな体験だったのではないでしょうか。

イギリスだと人種も宗教もちがうので、ママ友付き合いは難しいですよね。相手には信仰があることを尊重しつつ、自分の意見もちょっと言ってみる。そんなふうに多様性がある中で生活するためには、絶妙のバランスで立っていなきゃいけないので、それは知的な作業ではあるけれど、疲れると言えば疲れます(笑)。

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)

でも、そこから人間は成長していくんじゃないかな。「みんな同じがいい」と言うのは楽なんですけど、それだと社会のことや人間のことが分からなくなる。本の中でも息子に「多様性は楽じゃないのに、どうしていいの?」と息子に質問されて「楽ばっかりしていると、無知になるから」と答えています。

実はアフリカから来た女の子はその後、不登校になってしまったんですが、すごく歌がうまくて、音楽部に入りコンサートで大活躍したというエピソードも続きの連載で書いています。それで学校にも来るようになって、お母さんもすごくうれしそうでした。ママ同士として一度、誤解を生んだこともあったけど、もうそれはお互い水に流したというか……。多様性のある社会では衝突しても水に流していかないと生きていけないですから。たいへんな中にも、そうしてときどきよかったと思えることもあるし、多様性がある社会は案外楽しいですよ。

エンパシーが世界中で弱まっている

——多様化社会、ダイバーシティの実現に向けて、そういったエンパシーの能力を高めるにはどうしたらいいのでしょうか?

この本で書きましたが、息子が学校で教わってきた「他人の靴を履いてみる」ということ。すごくシンプルな言葉ですけど、そういった力が今弱まっているからこそ、世界中で分断が激しくなっているのではないでしょうか。

うちの息子は「ホワイトでイエロー」ということで差別されたこともありましたが、そういう違う考えを持った子どもともなんとなく付き合ってお互いのことを知り、変化しながら成長しています。そんなふうに中学校という場所は社会の縮図であり、ひとつの小宇宙。そこで起きていることはおそらく大人にとっても学びになることが多く含まれている。そう考えて書いた本なので、日本で暮らす方々にとっても何かのヒントになればいいと願っています。

ブレイディみかこ(Brady Mikako)
保育士・ライター・コラムニスト

1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、96年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、著書多数。