必ずしもお母さんが育児を担う必要はない

ドイツでは子どもへの長期的な影響に関心があったため、高校・大学への進学状況や、28歳時点でのフルタイム就業の有無と所得を調べました(1)。その結果、生後、お母さんと一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況・労働所得などにはほぼ影響を与えていないことがわかりました。

同様の結果は、オーストリア(2)、カナダ(3)、スウェーデン(4)、デンマーク(5)における政策評価でも報告されています。先に述べた「愛着理論」のように、子どもが幼い間、特に生後1年以内は母子が一緒に過ごすことが子どもの発達に重要であると考えられてきましたが、データは必ずしもこうした議論の正しさを裏づけてくれませんでした。

では、子どもにとって、育つ環境などどうでもいいということなのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。各国の政策評価を詳しく検討してみた結果わかったのは、子どもにとって育つ環境はとても重要であるけれど、育児をするのは必ずしもお母さんである必要はないということです。きちんと育児のための訓練を受けた保育士さんであれば、子どもを健やかに育てることができるようです。

実は、上で挙げた国々と異なり、ノルウェーでは育休制度の充実により、お母さんと子どもが一緒に過ごす時間が増えた結果、子どもの高校卒業率や30歳時点での労働所得が上昇したことがわかりました(6)。

ただ、育休改革が行われた1977年当時のノルウェーでは、公的に設置された保育所が乏しく、保育の質が低かったと考えられています。したがって、お母さんが働く場合、子どもたちは発達にとって必ずしも好ましくない環境で育てられていたということになります。育休制度が充実することで、お母さんと子どもが一緒に過ごせるようになれば、子どもたちは質の悪い保育所に預けられることはなくなり、その結果、子どもは健やかに育ったというわけです。

保育士の力は子どもにとって有益

大切なことなので繰り返しますが、「子どもが育つ環境は重要だけど、お母さんだけが子育ての担い手になる必要はない」というのがこれらの政策評価から得られる重要な教訓です。お父さんとお母さんで育児を分担するのはもちろん、特別な訓練を受けた保育のプロである保育士さんの力を借りるのも、子どもの発達にとって有益です。

良い保育園を見つけることができれば、お母さんが働くことは子どもの発達に悪影響はないので、安心して仕事に出てください。「良い保育園」とは何かというのは簡単に答えられる問いではないのですが、よく使われる指標は、保育士一人あたりの子どもの数や、保育士になるために必要なトレーニングの期間などです。こうした観点から見ると、日本の認可保育所は、先進国の平均を上回っており、一般論としては、安心して子どもを任せられる場所ではないでしょうか。

もちろん、保育所における事故は皆無ではないし、保育所間の質のばらつきという問題もありますから、質の良い保育園がこれまで以上に増えるように、政治家や関係者の方々には頑張っていただきたいところです。