生後1年間は母が子と一緒にいることが子どもの発達のために大事。世界には、そんな通説が覆される研究結果があります。さらに父親や保育士が育児に加わることのメリットも明らかに。経済学の知見で解説する子育ての真実とは――。

※本稿は、山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/TAMAKI NAKAJIMA)

お母さんが子どもを育てるべき「根拠」はあるか

ドイツでの政策評価によると、育休制度を拡大するごとに実際に取得される育休期間も延びて、お母さんが家庭で子どもを育てる期間が増えたようです。これはドイツ政府からすれば狙いどおりでした。もともと政策の目的が、子どもとお母さんが一緒に過ごす時間を増やすことだったのです。

しかし、そもそもなぜお母さんが自ら子どもを育てることが、子どもの発達にとって良いことだと考えられているのでしょうか。その根拠の一つは、「母乳育児」にあります。働いているお母さんが母乳育児を行うことは非常に大変ですが、育休中ならば母乳育児がやりやすくなります。母乳育児には子どもの健康にとって一定のメリットがありますから、育休制度の充実は子どもの発達にとって有益になりえます。

育休改革が子どもに与える影響

もう一つの根拠は「愛着理論」と呼ばれています。心理学者によると、生まれてから最初の1年における母子関係は、子どもの認知能力や社会性を育む上で重要な役割を果たしているそうです。一方で、子どもが大きくなると、家族以外の子どもや大人と関わりを持つことが発達に有益であると考えられています。

いずれの根拠も筋が通っているように見えますが、実際のところはどうなのでしょうか。ドイツをはじめとして、いくつかの国々での政策評価では、育休制度の充実が子どもの発達に与える影響を検証しています。

政策評価の方法は、育休改革前に生まれた子どもと、育休改革後に生まれた子どもを比較するというやり方です。ドイツでは、育休改革後に生まれた子どもたちは、改革前に生まれた子どもたちよりも、生後、お母さんと一緒に過ごした時期が長いことがわかっています。これが子どもたちにどのような影響を与えたかが評価のポイントです。

必ずしもお母さんが育児を担う必要はない

ドイツでは子どもへの長期的な影響に関心があったため、高校・大学への進学状況や、28歳時点でのフルタイム就業の有無と所得を調べました(1)。その結果、生後、お母さんと一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況・労働所得などにはほぼ影響を与えていないことがわかりました。

同様の結果は、オーストリア(2)、カナダ(3)、スウェーデン(4)、デンマーク(5)における政策評価でも報告されています。先に述べた「愛着理論」のように、子どもが幼い間、特に生後1年以内は母子が一緒に過ごすことが子どもの発達に重要であると考えられてきましたが、データは必ずしもこうした議論の正しさを裏づけてくれませんでした。

では、子どもにとって、育つ環境などどうでもいいということなのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。各国の政策評価を詳しく検討してみた結果わかったのは、子どもにとって育つ環境はとても重要であるけれど、育児をするのは必ずしもお母さんである必要はないということです。きちんと育児のための訓練を受けた保育士さんであれば、子どもを健やかに育てることができるようです。

実は、上で挙げた国々と異なり、ノルウェーでは育休制度の充実により、お母さんと子どもが一緒に過ごす時間が増えた結果、子どもの高校卒業率や30歳時点での労働所得が上昇したことがわかりました(6)。

ただ、育休改革が行われた1977年当時のノルウェーでは、公的に設置された保育所が乏しく、保育の質が低かったと考えられています。したがって、お母さんが働く場合、子どもたちは発達にとって必ずしも好ましくない環境で育てられていたということになります。育休制度が充実することで、お母さんと子どもが一緒に過ごせるようになれば、子どもたちは質の悪い保育所に預けられることはなくなり、その結果、子どもは健やかに育ったというわけです。

保育士の力は子どもにとって有益

大切なことなので繰り返しますが、「子どもが育つ環境は重要だけど、お母さんだけが子育ての担い手になる必要はない」というのがこれらの政策評価から得られる重要な教訓です。お父さんとお母さんで育児を分担するのはもちろん、特別な訓練を受けた保育のプロである保育士さんの力を借りるのも、子どもの発達にとって有益です。

良い保育園を見つけることができれば、お母さんが働くことは子どもの発達に悪影響はないので、安心して仕事に出てください。「良い保育園」とは何かというのは簡単に答えられる問いではないのですが、よく使われる指標は、保育士一人あたりの子どもの数や、保育士になるために必要なトレーニングの期間などです。こうした観点から見ると、日本の認可保育所は、先進国の平均を上回っており、一般論としては、安心して子どもを任せられる場所ではないでしょうか。

もちろん、保育所における事故は皆無ではないし、保育所間の質のばらつきという問題もありますから、質の良い保育園がこれまで以上に増えるように、政治家や関係者の方々には頑張っていただきたいところです。

父親の育休取得とその後の育児参加の関係

ノルウェーやスウェーデンといった国々では、お父さんだけが取ることのできる育休を用意しましたが、この目的は「イクメン」を増やすことにありました。これらの国々でも以前は、育休は女性が取るものとみなされていて、育休取得率には大きな男女差がありました。これが、家庭内のみならず社会における男女の役割分担を固定化するという心配から、お父さんの育休取得を政策的に促したわけです。

山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)

北欧の国々での育休改革は、たしかにお父さんの育休取得を大幅に増やしました。では、その結果、期待通りに「イクメン」は増えたのでしょうか。

スウェーデンでは、12歳までの子どもが病気をした場合には、育休と似たような形で、親は看病休業を取ることができます。給料の75~80パーセント程度が手当として支払われ、子ども一人あたり年間60日まで取ることができます。

スウェーデンでは、子どもの看病のために仕事を休むのは普通のことで、2歳児で見ると、65パーセントの子どもは少なくとも一方の親が休業を取っています。大きくなるにつれて、子どもが病気をすることは減りますから、それにともなって両親の休業も減っていきます。

研究では、育休改革の結果、お父さんが子どもの看病のための休業を取るようになったかどうかを検証しています(7)。お父さんの看病休業が増えていれば、「イクメン」化が進んだとみなそうという考え方です。

研究によると、スウェーデンの1995年の育休改革では、お父さんの育休取得日数の平均は30日から45日へと50パーセントも増えました。しかし、子どもの看病のための休業はほとんど変化しませんでした。

お父さんの育児と家事への参加を、子どもの看病のための休業だけで測ることができるかという疑問は残るものの、この論文の著者らは、お父さんが育休を取ることと、その後も「イクメン」であり続けるかどうかは必ずしもつながらないのだと結論づけています。

父親の育休取得がこの偏差値を上げる?!

関連した研究はノルウェーでも行われました。ノルウェーの研究では、データの制約のため、お父さんがどの程度、家事や育児に関わっているのか直接検証することはできませんでしたが、お父さんの育休取得が子どもの発達に与えた影響を知るために、子どもの学校での成績に着目しています(8)。この研究によると、1993年の育休改革の結果、お父さんの育休取得が増えました。そして、お父さんが育休を取得した場合、子どもが16歳になったときの偏差値が1ほど上がったそうです。

なぜたった数週間のお父さんの育休取得が、16歳時点での子どもの成績に影響しうるのでしょう。論文の著者らは、わずかな育休取得でも、ライフスタイルに大きな影響を与え、お父さんが子育てに熱心になった可能性を重視しています。また、心理学の知見によると、生後1年間の親子のふれあいが、その後の長期にわたる親子関係に大きな影響を及ぼすことを引用し、短い育休取得でも子どもへの影響が持続しうると論じています。

この研究では、両親と子どもの関わりを直接検証しておらず、実際に何が起こったのかをうかがい知ることができないため、著者らの説明を鵜呑みにすることはできません。しかし、お父さんの育休取得は世界全体でもあまり進んでおらず、そのため、お父さんの育休取得の子どもに対する影響はほとんどわかっていませんから、その意味では貴重な研究です。今後、研究の蓄積が進むにつれて、先に述べたような欠点も克服され、より詳しい理解にたどり着くことが期待されています。

(1)Dustmann C, Schonberg U. Expansions in Maternity Leave Coverage and Children’s Long‐Term Outcomes Christian. Am Econ J Appl Econ. 2011;4(3):190‐224.

(2)Danzer N, Lavy V. Paid Parental Leave and Children’s Schooling Outcomes. Econ J. 2018;128(608):81‐117. doi:10.1111/ecoj.12493

(3)Baker M, Milligan K. Evidence from Maternity Leave Expansions of the Impact of Maternal Care on Early Child Development. J Hum Resour. 2010;45(1):1‐32. doi:10.3368/jhr.45.1.1

(4)Liu Q, Skans ON. The Duration of Paid Parental Leave and Children’s Scholastic Performance. B E J Econom Anal Policy. 2010;10(1):1‐33. doi:10.2202/1935‐1682.2329

(5)Rasmussen AW. Increasing the length of parents’ birth‐related leave: The effect on children’s long‐term educational outcomes. Labour Econ. 2010;17(1):91‐100. doi:10.1016/j.labeco.2009.07.007

(6)Carneiro P, Løken K V., Salvanes KG. A Flying Start? Maternity Leave Benefits and Long‐Run Outcomes of Children. J Polit Econ. 2015;123(2):365‐412. doi:10.1086/679627

(7)Ekberg J, Eriksson R, Friebel G. Parental leave ── A policy evaluation of the Swedish “Daddy‐Month” reform. J Public Econ. 2013;97(1):131‐143. doi:10.1016/j.jpubeco.2012.09.001

(8)Cools S, Fiva JH, Kirkebøen LJ. Causal Effects of Paternity Leave on Children and Parents. Scand J Econ. 2015;117(3):801‐828. doi:10.1111/sjoe.12113