しかし、蔵元は、世代交代を機にこれまでとは違う、時流に合ったキレがあり米のうまみがよくわかる食事に合う酒に一新したいと考えていた。藤田さんは期待に応えるべく、就任早々、改革に乗り出す。今の日本酒の潮流はテロワールといわれる産地の土地柄や、つくり手の顔が見えるものが評価される。そこで地元の紀の川の伏流水や、土地の米の味を生かした、紀伊らしい酒を造るため、温度管理や醸造のための設備を3年がかりで整備した。

技術も情熱もある藤田さんだったが、就任当初はリーダーとして迷うこともあったそうだ。

「杜氏は蔵をまとめるのが仕事なのに、人を動かすことが下手でした。最初は若い蔵人に仕事を覚えてもらおうと高圧的になり、叱ってばかりいました」

担当者がそれぞれの仕事をしている

杜氏が統率するとはいえ、酒造りは分業。洗米などの米の準備、麹(こうじ)仕事に使う麹や酵母などの状態や、発酵のための温度管理など、仕込みの方針に沿って工程ごとの担当者がそれぞれの仕事をしている。杜氏が酒の品質を左右する要素を細かく把握するには、蔵人の意見をよく聞いて、問題を見つけやすくする必要があるのだ。

「コミュニケーションがきちんと取れている蔵では、いい仕事ができるし、人も育つものです。たった5人の小さなチームですし、この6年で私も若い人たちも成長して、今はいい関係が築けています」

いい関係が成果を生み、2018年、藤田杜氏の酒は、世界的な日本酒コンクールで賞を受賞。利き酒会などでも好評を得ている。日本酒造りに興味をもつ女性に会うことも増えたそうだ。

「確かに酒造業界は男社会です。酒造りをしたい人がよく『女性だから』と諦めるけれど、それはただの言い訳。どんな仕事でも、やるかやらないかだけ。私は自分が女性だからと意識したことはありません。女も男もない。おいしいお酒を造るために必要なのは、その人の努力であって男女差ではないと思います」

杜氏は天職とまでは思っていないが、酒造りの面白さに魅了されている藤田さんでも、春に仕事を納め、夏の終わりに田んぼに米が実ってくる頃、ふと憂鬱(ゆううつ)になるのだそう。

「あ~また酒造りが始まる、またあのシンドイ半年が始まる、と思うと少し暗い気分になるんです(笑)」

そう笑いながら、蔵人に呼ばれて現場に飛んで戻る背中は、酒造りに夢中なプロそのもの、蔵を守る親方の風格にあふれていた。

撮影=佐伯慎亮

モトカワ マリコ(もとかわ・まりこ)