1日に何度もくる病院からの呼び出し
救急病院からいくつか病院や施設を紹介され、自宅からも比較的近い、リハビリテーション病院に父を転院させることにしました。ほっとしたのもつかの間、病院からの呼び出しが一日に何度もあり、仕事に支障を来すほどになってきました。入院のための分厚い書類や入院関連の身の回りの準備はまだよいとしても、入院許可に至るまでの、医師やケアマネジャー、介護の担当者との度重なる面談には、ほとほと困りました。
「田原さん、お父さんのことで話し合いをしますので、〇月〇日〇時に来てください」
「いえ、仕事で行けません。」
「それなら、仕事をお休みして来てください。皆様そうしていらっしゃいます」
「ムリですよ。簡単に仕事は休めませんし、行けません」
「それは、困りますね。」
「時間をずらしていただくことは、できますか?」
「できません。先生(医師)のいらっしゃる時間は、決まっています」
「……」
こうしたやり取りを、何度も病院と繰り返しました。会議中だと伝えているのに、何度もかかってくる電話にもうんざりしていました。
自分のビジネス仲間なら、スカイプやZOOMでミーティングをしたいところですが、そのような提案ができるはずもありません。
介護は手続きに時間がかかり、家族の呼び出しも頻繁です。対策はなかなか難しく、唯一できるとすれば、なるべくその後発生する役所等への用事も済ませてしまうなどスケジュールの工夫をすることくらいです。
試練は多忙な時に、やってくる
病院に呼ばれて待たされ、半日以上拘束される時間。「この時間に、どれだけ仕事ができるか」「どんどん仕事が遅れてしまう」というじりじりした気持ち。うっすらとした遠い記憶の中に、これに似た気持ちを感じたことがあることを思い出しました。
それはまだ娘たちが幼い頃、よく病気になって、幼稚園から呼び出しがかかり、病院に連れて行っていた頃のことです。当時は会社員でしたが、娘がベッドで点滴をうけている傍らでパソコンを打ち続け、「ママ、寝られないよ……」と、娘たちに言われていたのです。
娘たちが中学に入学した頃はいじめの全盛期で、いじめに遭っていた娘のことでも、よく担任の先生から呼ばれていました。しかし、その時きちんと向き合うことをしなかった私は、その後、娘の心の病というもっと大変な試練に苦しむことになっていったのです。
それにしても試練とは、仕事が最も忙しいまさにその時期に、まるで“お試し”のように降りかかってくるものだなと思います。「大切なことを、おざなりにしていませんか?」「何か、見落としていませんか?」と問いかけんばかりに。
大切な家族と責任ある自分の仕事を全うするため、私はこの時、介護に向き合う覚悟を新たにしました。そして頼りにできる施設を探し、あらゆる外部サービスも利用して乗り切る体制を整えていったのです。試練がやってきたときに逃げたり避けたりしてしまえば、その後さらに大きくなって戻ってくる。それを、身をもって経験していたからでした。
ベーシック代表取締役 日本ナレッジ・マネジメント学会理事
1959年生まれ。関西学院大学卒業後、外資系人材派遣会社の教育トレーナー、経営コンサルティング会社の新規事業室長を経て、98年にベーシックを設立。現場の実践指導から理論を組み立て、「暗黙知」を「形式知化」する「フレーム&ワークモジュール®」というメソドロジーを開発。「気づき・考える」人材の育成と実績向上に寄与し、同時にビジネスパーソンのセルフメディケーション(メンタル・デトックス)を手掛けている。全都道府県で指導した会社は1300社以上、育てた営業マンは12万人以上。2015年、16年と2年連続で全日本能率連盟賞を受賞。『マネージャーは「人」を管理しないで下さい。』など著書多数。介護離職防止対策アドバイザー。東証一部上場会社の社外取締役も務める。
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