勇敢な主人公をまねて野宿に挑戦!
「本は私の人生の灯台」と言うダニエル・アップルストーンさんは、高校までアーカンソー州の広大な自然に囲まれて育った。街には文化施設が少なく、彼女にとって図書館は、自分の世界を広げる大切な場所だったという。小学校2年生のときに読んだ『青いイルカの島』は幼かった彼女に大きな衝撃を与えた一冊。アメリカ原住民の少女が太平洋の離島に置き去りにされ、18年間サバイバルするという実話に基づいた冒険小説だ。「主人公の勇敢な姿に、私もひとりで生きていけるすべを身につけなければと思って、野宿を試みたこともあるんです」
柔軟に苦境を乗り越え、複数のプロジェクトを成功させている彼女の源泉にもなっている本だ。
高校生時代は、チアリーダー文化(※2)になじめず、読書や数学好きの友達と一緒に時間を過ごした。ノンフィクションを読むことが多かったが、偶然手に取ったフィクション『肩をすくめるアトラス』は「自分がどんな社会で生きていきたいか」を考えるきっかけになった本。全米で人気の作家、アイン・ランドが共産主義的な「規制社会」を批判的に描いたベストセラーで、問題定義のするどさに感銘を受けた。MIT(マサチューセッツ工科大学)の入学試験で、面接官とこの本の話で意気投合したこともある。「合格できたのは、きっとこの本のおかげです(笑)」
30代前半のころ、家庭向けの工作機械を開発製造するベンチャー「アザー・マシーン・カンパニー」を立ち上げてからは、日々の仕事に忙殺されて、読書時間がほとんどなくなってしまった。仕事に没頭するあまり精神的にも肉体的にも健康を損ないつつあったときに、セルフケアの必要性を気付かせてくれたのは、写真家アニー・リーボヴィッツの世界巡回展「WOMEN:New Portraits」だった。このときの写真集『WOMEN』も、リーボヴィッツ氏のトーク会で購入。「オノ・ヨーコなどの有名人から農業家や教師、女性兵士など一般の女性たちのポートレートが載っていて、さまざまな生き方があるんだと勇気づけられました。女性美の多様性を目で見ることによって『自分らしさを大切にしよう』と思うようになったんです」
この写真集は、今でも彼女の宝物。最近は13歳の息子と一緒にページをめくりながら、人間味のある女性の価値について話す。走り続けている彼女が、ちょっと立ち止まって気を休められる大切な時間だ。
※2 アメフトの選手とそのチームを囲むチアリーダーがもてはやされるような、アメリカ独特の文化。
(写真左)無一文になっても自然の中で生きる知恵が詰まった本も、起業家として愛読。(写真中)ダニエルさんが影響を受けた本たち。(写真右)「ヴォーグ」などの雑誌でも活躍する写真家アニー・リーボヴィッツの写真集。本人のサイン入り。「この中の女性たちはパワフルでありながら、温かい包容力も感じます」
現代芸術家
シティ・アンド・ギルド・ロンドン美術学校で修士号を取得後、作品の発表をスタート。化学実験用のペトリ皿を素材にしたアート作品は、「ニューヨークタイムズ」「GQ」「WIRED」など、メディアでも紹介されている。
アニー・フー(ANNIE HUE)
オムニファイCEO
メリーランド大学で財政と音楽を専攻。ナスダックでアナリストを6年間務め、2016年シカゴ大学で経営学修士を取得。グーグルでのパートナーシップ管理者としての勤務を経て、18年2月にオムニファイを立ち上げる。
ダニエル・アップルストーン(DANIELLE APPLESTONE)
ドーターズ・オブ・ロージーCEO
2002年MIT卒業後、テキサス大学で材料工学と哲学の博士号取得。国防高等研究計画局の出資を受け小型の工作機械を開発。アザー・マシーン・カンパニーを立ち上げる。18年同社を売却後現職。女性に高度な製造技術訓練をする。
撮影=兼子裕代