「ガチャ切り」されても、食い下がっていった

今でも思い出すのは、入社してしばらく経った頃、頑固者で有名なある工場の社長とのやりとりだ。

(上)電話で顧客対応。男性には論理的に、女性には寄り添うような姿勢を心がけているという。(下)車の模型を使い、事故の再検証を社内で行うことも。現場を数多く見てきた経験が生きる。

「修理費のことで折り合いがつかず、怒った社長に電話をガチャ切りされたんです。すぐかけ直したんですが、『もう話さないって言っただろ!』とまた切られたので、またかけ直して。それが2時間ほど続きました(笑)」

川崎さんの粘りにさすがの社長も折れ、「おまえは、俺の母ちゃんよりうるさいな」と呆れながらも、ようやく話に応じてくれた。

「そこから話し合いが進み、着地点が見つかりました。新人だから、女だからと下手に出ないで、言うべきことは言う。そうすれば、認めてもらえるのだと、この仕事を10年続けてきて実感しています」

子どもの頃から自動車やバイクなどの乗り物が好きだった。短大生の頃は、アルバイトで自動車用品店とガソリンスタンドをかけ持ちしていたこともある。

「そのときですね。整備士の資格を取ろうと思ったのは――」と彼女は懐かしそうに振り返る。

「私がオイル交換をした車のお客さまが、駐車場の裏でこっそりオイルゲージを確かめていたんです。『こんな若い子で大丈夫かな』と不安だったんでしょうね。胸に自動車整備士のワッペンを付けていれば、きっとそういうことはないだろうなって」

整備士として就職したカーディーラーは「体育会系の職場」だった。先輩も同僚も男性ばかりで厳しい縦社会。事故対応の修羅場を乗り越えられたのは、前職での経験のおかげかもしれない。

実際、カーディーラーで働いた経験は川崎さんの大きな強みになっている。車両の修理を行う整備士の事情をよく知っているため、自社と相手のメリットを調整しながら交渉を進められるのだ。

「前職のことは、自分からは言わないようにしています。でも、私に専門知識があることに気づいて、『もしかして川崎さん、現場にいたことがあるの?』と聞かれることもあって。はい、現場経験ありますよと言うと、話がスムーズに進むこともありますね」