「定式」を覚える楽しさに目覚めて

10代の頃はミュージカルの役者を目指していた。10歳からバレエを習い、高校は演劇科に通った。たとえ役者になれなくても、「どのような形であれ、舞台に関わって生きていきたい」と考えていたという。

(上)「きっかけ」に使う障子の扱いは手慣れたもの。演者との連携が大切だ。(下)森本さんが入社したとき、女性の大道具は2人。今は4人に増えたが、それでも男性が多いことに変わりはない。

大学に進んでも就職は考えず、地元・兵庫県にあるピッコロ舞台技術学校に入り、フリーターをしながら芝居やダンスの裏方仕事をこなしていた。だが、自分に合っていないのではという思いが徐々に強くなっていく。

「お芝居やダンスは、舞台監督によって、仕事のやり方が違うんです。前回はよくても、今回はダメと言われてしまう。怒られるのも怖いし、なかなか自信が持てずにいました」

そんなとき、講師の紹介で国立文楽劇場で大道具の仕事を手伝うことになった。欠員補充のアルバイトだったが、この経験が伝統芸能に惹(ひ)かれるきっかけとなる。

「定式(じょうしき)といって、古典芸能では演目ごとに使う道具が決まっていて、舞台転換の動きも毎回同じなんです。最初は、道具の名前もわからず苦労しましたが、一度覚えてしまえば、次は自分から動ける。『これやったらできる』ということが増えて、どんどん楽しくなって。定式1つ覚えるたびに、その演目の全体像や仕組み、どうすれば舞台をスムーズに転換できるかが見えてくる。そこに、この仕事の醍醐味(だいごみ)を感じます」

「覚える楽しさ」に目覚め、関西舞台に入社を志願した。26歳のときだ。

ベテランの先輩からも、刺激をうけた。彼らはあまり上演されない演目の定式道具まで覚えており、倉庫のどこにどんな道具があるかも完璧に頭に入っている。

「定年後も現場でバリバリ働いている70代の方がいますが、演出の内容にも詳しくて、『あそこで役者が飛び降りるから、ここには段が必要だ』と、迷いなく準備を進めていく。すごい方です」

上演中に大道具が担う重要な役割に、「きっかけ」というものがある。舞台袖で待機して、障子を開けたり、仕掛けを動かすのだ。それを合図に演者が登場したり、浄瑠璃が始まったりする。だから、演者と息が合っていなければならない。

「演者さん一人一人にこだわりがあって、演技に合わせてゆっくり障子を開けたつもりが、『タメすぎや』と注意されることもあります。稽古中には合図を出すけど、本番では出さない人もいるので、自分で浄瑠璃を覚えなくてはならないことも……。大変ですが、今はそれも楽しめるようになりました」

年に2度ほど、地方巡業に出ることもある。巡業では大道具の人数も少なくなるため、普段は「女の子だから」と男性が引き受けてくれる重い作業もこなす。

「クタクタになりますが、家に帰ってきて、ビールを飲む瞬間は本当に幸せです(笑)」