Q. 振り返ってみて、アメリカで大変だったことは何ですか?

「英語の壁は大きいですが、仕事がサイエンスベースだったので、結果を出せばいい点はまだ救われたと思います。会社経営で大変だったのは2002年から03年にかけて、資金調達をして展開していこうと思っていた時期にバブルがはじけたことです。幸い、少し貸してくれるところが見つかりましたが、お金が回らなくなるという経験はきつかったです。ひとつの薬の開発に200~300億円かけても、成功する確率は1万分の1といわれます。特殊なビジネスですよね」

(上)ハルシオンフェローのYoko Senと、アートを使った新しいビジネスモデルを議論。(中)S&R財団のCOO、Kate Goodallと新しくオープンするハルシオンラボに関する設計図を見て相談中。(下)ハルシオンハウスはS&R財団の拠点。庭を散策しながらフェローの起業家たちと議論。
Q. S&R財団について教えてください。

「00年に設立した、サイエンスやアートで起業をした人のための支援団体です。サイエンスやアートで起業をしている人には創造力が求められますが、非常に孤独なビジネスです。大学を卒業するまでは奨学金がありますが、卒業後、世の中に出るためのサポートをしたいと思ったのです。例えば若い演奏家の場合、彼らをサポートすることは演奏家個人の成長にもなるし、社会の成長にもつながります。この財団の特徴は単にお金を提供するのではなく、物心両面で支えること。いわば社会起業として一緒にやる形です。ほとんどの場合、本人が自分のプロジェクトと決定権も持っています。この団体を12年に拡張し専任になったときが一つのターニングポイントでしたね」

Q. これからの女性たちへのメッセージをお願いします。

「日本でもアメリカでも男女はまだまだ平等ではありません。英語の表現に“grit and grace”という言葉があります。gritは“やり切る力”で、graceは“品”です。成功する女性を見ているとその両方が備わっています。常にアグレッシブにやるのではありません。本当の自分をさらけ出して、自分のやれることのマックスを、格好悪くてもいいから出すことが大事です。環境が整っていなくてもいいから、できることは今日やる、ということ。私はよく富士山に例えます。ゴールは山頂に到達することですが、基本的に一歩を踏み出さないと何も始まりません。small stepというのが一番重要で、登り始めから頂上が想像できる感覚が大事です」

▼久能さんのメンター
世界を目指すことを教えてくれた父


▼久能さんのキャリアヒストリー
<日本>
1954:山口県生まれ
<ドイツ>
1983:京都大学大学院工学研究科博士課程修了
1984:三菱化成生命科学研究所、新技術開発事業団で研究員
1989:アールテック・ウエノ社を上野氏と共同起業/基礎研究、開発研究、製造、承認申請に関わる
1994:初のプロストン系緑内障治療薬「レスキュラ点眼薬」の商品化に成功
<アメリカ>
1996:アメリカに移住←ターニングポイント
スキャンポ・ファーマシューティカルズ社を上野氏と共同起業、初代CEO/新薬研究開発、会社経営に携わる
2000:S&R財団を設立し、CEOに就任/若い芸術家、科学者などへの支援を行う
2006:慢性特発性便秘、過敏性腸症候群治療薬「アミティーザ」の商品化に成功
2012:VLPセラピューティクスを共同創業/S&R財団拡張←ターニングポイント
2015:Forbesのアメリカで自力で成功した女性50人に選ばれる

編集=岩辺みどり 撮影=檜佐文野