0泊3日のアフリカ緊急出張
そんな広岡さんもだんだんと仕事の面白さを感じはじめる。
外資系化学メーカーの主力製品は農薬で、農薬と殺虫剤の両方の生産を急ぐときは優先順位で負けてしまう。そこを覆すべく工場に掛け合い、交渉がうまくいくと仕事の楽しさが増した。
ただし働く間にはモチベーションが落ちるときもある。よかったのは前の会社が3年ごとくらいに合併を繰り返したことだ。「もう辞めようか」と思うタイミングで合併があり、周囲の環境が変わるとまたやる気が出てきた。
そうやって殺虫剤担当が長くなり、社内で「シロアリの女王」という称号をもらったころ、業界の懇親会で住友化学の人から「マラリアを防ぐ蚊帳を担当する人を探している」と声をかけられた。
実は少し前から住友化学の蚊帳に興味があった。同社の「オリセットRネット」は当時、糸に殺虫剤を染み込ませた新タイプで、急速に伸びていたからだ。「もう少し詳しく聞かせてほしい」と頼むと、とんとん拍子で話が進んだ。
「でも、前の会社に強い不満があったわけではないし、仕事のできる女性のいい先輩たちに恵まれていたので、2、3カ月迷いました」
転職すれば希望していたマーケティングが担当できる。それが最後に背中を一押しした。
蚊帳は、世界基金やユニセフ、WHO、アフリカ各国の保健省などが入札で買い付け、マラリアの被害の大きな地域に配る。
最初、ユニセフを担当したとき、80万張りを受注。その数に喜んだのもつかの間、最終的な注文がなかなか来ない。やっと連絡が来たかと思ったら蚊帳に取り付けるラベルの指定。そのやり取りだけで何週間もかかる。いつ最終注文が来るかわからないので、工場を空けて待たなければならない。
そして2カ月後、突然「2週間で出してほしい」と指示が来た。
「そんなにすぐつくれるはずがありませんから、また交渉です」
最初からタフな仕事になった。
想定外のことは次々起きる。アフリカの国の保健省の担当者にアポイントを取って出向いたのに、現地についたら「会えない」と言われることは当たり前。工場でつくったのに最終的にキャンセルになることもあるし、現地のコーディネーターに軽くあしらわれることも。毎月のようにアフリカや国際機関のある欧米に出張した。
「アフリカへは、経由地のドーハやドバイまで11~12時間、そこからまた8時間。0泊3日の強行スケジュールもありました。行って帰るとすごく疲れて、鏡に映る顔が老けて見える。浦島太郎みたいでした(笑)」