美人の栄枯盛衰、世代交代
ビジネス街の一等地にあるゴージャスな大企業の本社ビル、その1階の受付には、毎日多数の取引相手が訪れる。同世代の独身男性も少なくない。その大部分は名のある企業に勤める、いわゆるエリートだ。ミナミさんは彼らからスマホのメールアドレスやLINEのIDを裏側に書き込んだ名刺を渡されていた。ところが、隣に座って受付業務を行っていた同い年の同僚が寿退社をした後、変化が起こった。後任として22歳の新入社員、クルミさんが配属されたのだ。
来訪者の注目は、一気にミナミさんからクルミさんに移った。明るく若く、もちろん美人。そして愛想も良い。これまでミナミさんに渡されていた個人の連絡先入りの名刺は、クルミさんに渡されるようになった。
ある日、ミナミさんは、「取引先の人とは個人的に会ってはいけない決まりになっているから、そういった名刺を渡されても受け取らないように」とクルミさんに注意をした。それ以来、2人の関係はギクシャクしていると言う。
同僚の寿退社には、あまり焦りを感じなかったそうだ。先輩や同僚は、こういった流れで、みんな結婚をしていったからだ。しかし、後輩の登場により、苦境に立たされ愕然とした。そして、戦力外通告を受けたような気持ちで、結婚相談所の門をくぐったということだ。
「聞いてもらえて、すっきりしました」ミナミさんは来た時とは別人のような明るい表情を見せた。誰にも言えず苦しかったのだろう。「大西さん、私はこの先、どうしたらいいと思いますか」「正直に言えば、結婚相談所への入会はお勧めしません」
「……それは私が後輩に対して行った仕打ちについて、話したせいでしょうか」「まあ、そうですね。でも意地悪をしたからという理由ではありません。その前に、あなたにはやるべきことがあるからです」真剣なまなざしがこちらに向けられている。
「まず、クルミさんに正直に謝ってください。個人の連絡先が書かれた名刺を受け取ってはいけないと言ったのは、クルミさんのことがうらやましかったからだと」「えぇっ!? だって、そもそも取引先の人から個人的に名刺をもらうことは、会社から禁止されているんですよ?」そう、受付がそんな好き放題をやっていいわけがないので、当然だ。
「でも、ミナミさんが注意をした動機は、会社の規則を守らせるためではなく、クルミさんへの嫉妬だったんですよね?」「……はい、そうです」「その嫉妬は伝わっていますから。女性の直感を甘く見たらダメですよ。『今更だけれども、名刺の件、ごめんね。もちろん会社から禁止されているけれども、私、あなたのことがちょっとうらやましかったんだ』と言ってみてください。きっと何かが変わりますよ」