夫は父親としての愛情も希薄だった。大橋さんは教育費は惜しみたくないと必死で働くが、家を空けている隙に夫の子どもへの虐待が始まった。わが子の言動が気に入らないと威圧するように怒り、酒に酔った勢いで手を上げる。家庭内暴力がエスカレートすると警察沙汰になることもあり、子どもは不登校になった。
大橋さんはついに離婚を決意し、訴訟も起こしたが、夫は応じようとしない。あげく生活費もいっさい家に入れなくなり、職場から毎月数十万円借りていることも判明。50代半ばで早期退職を余儀なくされた。
「いまだに子どもに言われます。『どうしてすぐに別れなかったのか』と。でも、良い学校へ行かせるには親の離婚がハンデになると思ったし、別居の資金も出せなかった。私も何か面倒くさくなって」
夫は退職金も使い果たし、今は年金を繰り上げ受給して朝から酒を飲み暮らす毎日。家庭内別居は変わらず、用件はすべて携帯のショートメールで済ます。一家の生活は自分が働いて支え、住宅ローンも払っているが、苦ではないときっぱり答える。
「私は今の家を守り、子どもたちに残してあげたいんです」
いずれ長男が結婚して独立する際、自宅を売ってマンションを買ってあげたいし、娘の結婚資金にもあてられたら……それが離婚のチャンスかもしれないと思う。だが、その家も20年経って雨漏りやトイレに不具合が生じ、エアコンも壊れたままだ。
「豊かさって、その人の満足度によると思う。私にとってお金は、毎月の電話代に追われないとか、雨漏りやエアコンが故障したらすぐ直せるとか、普通に生活していけるだけあればいいかなと。今は何かあったら大変だから一生懸命働いて、子どもの人生を応援したいんです」
思い描く“セレブ妻”の日々はあえなく崩壊したが、確かな幸せも感じているという大橋さん。「子どもたちが健康であればいい」とほほえむ。
撮影=吉澤健太