実家より平和な婚家になじめず…
伯母や伯父は優しく、千代のやりたいようにやらせてくれる。俊次に怯えながら暮らしていた実家よりも、よっぽど気楽に過ごせるはずなのだが。何故だか、どうも落ち着かない。
「そう言う父親のいるそう言う家を、家庭として育った子供であっても、子供の頃の私は、決して自分のことを、不幸な子供である、なぞとは思っていなかった」(『生きて行く私』)
千代にとっては暴君との暮らしが、慣れ親しんだ日常だった。慣れというのは恐ろしい。ピリついて緊張した実家の空気も、それが普通だと思えば気にならない。むしろ、慣れていないこの藤村家の穏やかそうな雰囲気のほうが、しっくりこない居心地の悪さを感じる。
藤村家で暮らすようになって10日が過ぎても、いまだ空気には馴染めずにいた。女学校から鉄砲小路にある藤村家への帰路は、錦帯橋を渡り大明小路を通るのが最短ルートなのだが、どうも橋を渡る気になれない。橋の袂でまわれ右。錦川に沿ってある土手の道を川西の方角に向かって歩きだした。
新婚生活10日が過ぎ、実家へ逃げ出す
錦帯橋を望む土手沿いの道は維新後に旅館や土産品店が建つようになり、人通りの多いにぎやかな場所になっているが、数分も歩けば建物は途切れて人通りは途絶える。
辺りはシンと静まり返り、頭上は濃密に繁る木々に覆われて薄暗い。錦川の水深が最も深い龍江と呼ばれる淵になっている場所で、千代の代表作『おはん』で、おはんの息子・悟がここで溺れ死んでいる。俊次が遊び歩く錦見の歓楽街と同様、物語の舞台として描かれた場所だ。
深緑色に澱んだ川面は、昼間でも不気味な雰囲気が漂っている……このときの千代には、いっそう不安をかきたてられる眺めだったのかもしれない。実家に戻ってきた自分に俊次はどんな反応を見せるのか。自分の父親ながら、まったく予測不可能で恐ろしい。