「日本の象徴」にふさわしい人物であるか
「愛子天皇」待望論にしても、男系女子である愛子内親王が、天皇家の「直系長子」ということもあるかもしれない。
だが、多くの論者が指摘するように、愛子内親王が「天皇にふさわしい人格を備えていること」が、決定的である。
これ以上、天皇にふさわしい人物を探し出すことは難しいのではないか。その感覚が生まれなかったとしたら、「愛子天皇」待望論がこれほど高まることはなかったであろう。また、女性天皇や女系天皇を容認する世論も生まれなかったに違いない。
つまり、もっとも重要なのは、天皇の血を引いているということではなく、日本の象徴にふさわしい存在であるかどうかである。
天皇一家が愛子内親王を中心に据えて行動するようになってきたのも、それが関係するであろう。
「チーム愛子」という皇室の未来形
10月24日に改正皇室典範が施行されても、皇族数の減少に歯止めがかかるかどうかはわからない。そればかりか、皇位継承さえ危うくなるかもしれない。その懸念を払拭するには、旧宮家の男系男子を何人も養子に迎える必要があるが、その見通しが立っているわけではない。
悠仁親王が結婚し、多くの子どもをもうければ、問題は改善されるかもしれないが、果たしてそういう重圧をかけていいものかどうか、そのことも問われている。
だからこそ、「女性・女系天皇」に道を開く必要があるわけだが、それでもすべてが解決されるわけではない。
現在、皇族は国民のため、あるいは世界の人々のために、さまざまな活動を担っている。その活動を、今後、皇族だけで続けていくことは次第に難しくなっていくだろう。となれば、皇族以外の人間が、そうした役割を分担していく必要も出てくる。
たとえば、災害に遭った人々を見舞うという活動があるが、皇族以外、どういった人々がそれを担えるのか。著名人のボランティアや炊き出しなどは、それに近いものといえる。
皇族にだけ期待するのではなく、国民一人ひとりが、できる形でその役割を分かち合っていく。
愛子内親王のまわりに、災害支援や福祉など、それぞれの現場で活動する人々が集まる。皇族と国民がともに社会を支える、いわば「チーム愛子」である。そうした皇室のあり方を、考えてみてもよいのではないだろうか。
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。