どうしても理不尽に思える「女性排除」

かつて「男勝り」という言葉があった。その根底には、女性はおしとやかで控えめであるべきで、男性が活躍する分野に進出するのは慎むべきだという考えがあった。今、男勝りという言葉を安易に使えば、女性を差別していると批判されるようになってきた。

そのように社会は根本から変わったわけで、男女平等を実現するのは当然のことになっている。

そのなかでなぜ、日本国の象徴であり、日本国民の統合の象徴である天皇の座から、女性が締め出されなければならないのか。

今回の皇室典範の改正で、男系男子での皇位の継承はゆるがせにしてはならないということが強調されればされるほど、女性皇族が皇位継承から排除されていることが、国民の目にはどうしても理不尽なものに思えるのだ。

しかも、天皇家には、直系として愛子内親王という立派な女性皇族がいて、さまざまな形で活躍している。

60歳の誕生日を迎えられた紀子さまへのお祝いのあいさつのため、赤坂御用地に入られる愛子さま=2026年9月11日、東京・元赤坂(代表撮影)
写真提供=共同通信社
60歳の誕生日を迎えられた紀子さまへのお祝いのあいさつのため、赤坂御用地に入られる愛子さま=2026年9月11日、東京・元赤坂(代表撮影)

「なぜ、愛子さまではいけないのか」

多くの国民がそこに納得できていない。なぜ、男系男子でなくてはならないのか。それに固執する政治家や論客から説明をされても、到底その考えを受け入れることができないのだ。

そもそも、一般の国民のあいだでは、「血による継承」が強調されることに対して違和感が生じている。

極めて特殊な「男系男子」での継承

保守派は、男系男子での皇位継承が行われなければ、皇室の伝統は破壊されると主張している。

たしかに、日本の社会では「家」の力が大きく、家を受け継いでいくことが重視されてきた。

しかし戦後、サラリーマン家庭が急増したことで、家の比重ははるかに低下した。サラリーマン家庭では、家は憩いの場ではあっても、基本的には生産活動を行う場ではない。つまり、生活を成り立たせる上で、農家などとは違い、家は重要性を失ったのである。

そもそも、男系男子によって受け継がれてきた家は、天皇家ぐらいだろう。それほど男系男子での家の継承は特殊なのだ。かつての公家や武家でも、家を継承するために、いくらでも養子をとってきた。養子の範囲も、血のつながりが不可欠というわけではなかった。赤の他人が家を継ぐことはいくらでもあったのだ。

男系男子と対比されるのが女系女子ということになる。ただこれも、具体的な事例を見いだすことが難しい。

私が知っているのは、戦前二度にわたって大弾圧を受けた新宗教の「大本」である。開祖は出口なおという女性で、それを娘のすみが継ぎ、その後も女系女子で教主が受け継がれてきた。ただし、五代教主は四代教主の養女である。

男系男子ならよくて、女系女子ならいけないというのは、明らかに「女性差別」であるが、どちらにしても、血による継承を問題にする議論の仕方自体が、現代の国民感情から大きく外れているのではないか。