「女人禁制」が根深く残った宗教界
天皇に即位する道が女性に鎖されていることは、明らかに「女性差別」である。その差別を撤廃することこそが、真の意味でのガラスの天井を打ち破ることに結びつくはずなのである。
これまで、女性差別と考えられるものは次々と打ち破られてきた。根強い差別が存在したのは、とくに宗教の世界で、「女人禁制」と言われることが少なくなかった。
今では考えられないことだが、多くの女性の参拝者を集める高野山などは、明治になるまで、女性が足を踏み入れることはできなかった。だからこそ、十一面観音像で名高い室生寺が「女人高野」として、女性の参拝者を受け入れてきたのである。
明治政府は、すぐに女人禁制を撤廃する布告を出したものの、高野山は激しく抵抗し、全面的に撤廃されたのは、ようやく明治39(1906)年のことだった。
そもそも仏教には、女性は業が深いので、悟りを開き仏になることができないという教えがあった。女性でも仏になれると説くお経もあったが、いったん男性に生まれ変わることが前提になっていた。仏教は極めて差別的な宗教だったのである。
女性差別が見られたさまざまな領域
そうした信仰とは別のことだが、近代の社会になっても女性差別は各分野で見られた。
たとえば、戦前には女性の警察官は存在しなかった。初めて女性警察官が警視庁に採用されたのは、昭和21(1946)年のことである。その時点では「婦人警察官」と呼ばれ、少年の補導が仕事の中心だった。その後、女性警察官の職域は徐々に広がり、昭和61(1986)年には、犯罪捜査や鑑識活動、要人警護などにも従事している。ただ、男性警察官と同じように働けるまでには、長い時間がかかった。
こうしたことは、検察官、裁判官などについてもいえる。そうした職種から長く女性は締め出されてきた。弁護士については、NHK朝ドラの「虎に翼」でも描かれたように、戦前から女性にも門戸は開かれていたが、ほかの職種はいずれも、戦後を待たなければならなかった。
スポーツでも、競技によっては女性が排除される種目があった。重量挙げ、レスリング、ボクシング、スキーのジャンプで女性もオリンピックに参加できるようになったのは、21世紀に入ってからである。マラソンですら、1984年のロサンゼルス大会からだった。