家康は大坂の秀長邸で歓待された

和田裕弘『豊臣秀長 「天下人の賢弟」の実像』(中公新書)
和田裕弘『豊臣秀長 「天下人の賢弟」の実像』(中公新書)

要約すると「家康は10月26日に大坂へ着き、秀長の屋敷を宿にした。翌27日に秀吉と対面する予定だったが、秀吉はそれを待ちかねて26日夜、秀長の屋敷を訪れ、家康の手を取って奥座敷に案内し、親しく話をし、酒盛りとなった。秀吉が酌をして家康にさかずきを進め、今度は逆に家康が秀吉に酌をして、親しく交わった」旨を書き記している。

日記の主、松平家忠も伝聞であり、どこまで史実か分からないが、こうしたことがあったのだろう。『多聞院日記』には10月28日、秀長は宿所において、家康の所望に応えて金春大夫こんぱるだゆうに三番舞わせて接待するなど、兄弟で家康一行をもてなした。家康は秀長にとっても義弟となり、緊張感を持ちつつも親交を深めていくことになる。

和田 裕弘(わだ・やすひろ)
戦国史研究家

1962年、奈良県生まれ。織豊期研究会会員。著書に『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』『信長公記―戦国覇者の一級史料』『織田信忠―天下人の嫡男』『天正伊賀の乱』(いずれも中公新書)などがある。