「天皇家と秋篠宮家」教育方針の違い
一方、悠仁親王の場合、成年にあたっての記者会見において、記者から愛子内親王に対して向けられたのと同じことは尋ねられなかった。そのため、記者会見に臨む際のコツを両親からどのように受けたかについては何も語っていない。
ただ、「成年にあたって、ご家族からかけられた言葉やふだん話されている会話についてもご紹介ください」という記者からの問いには、「成年に当たって家族から掛けられた言葉についてですが、特にはなかったように思います」と答えていた。
ここには、はっきりと、天皇家と秋篠宮家の教育方針の違いが示されている。
天皇家では、愛子内親王を一家の中心に据えるため、できる限りの教育を施している。それに対して秋篠宮家では、本人の自由な意思を徹底して優先し、こと細かく皇族としての姿勢や態度については教えていないのだ。
こうした教育方針の違いが、悠仁親王と愛子内親王の挨拶の仕方の違いに結びついている可能性は高い。
天皇の「お言葉」の難しさと重要性
悠仁親王に帝王学が施されていないのではないかという疑問の声が上がるのも、これが関係する。
逆に、愛子内親王が天皇皇后の教えを実際の公務に活かしていることで、その評価が高まり、「愛子天皇」待望論の高まりを生んでいるわけである。
天皇や皇族の発する「お言葉」は、近年になればなるほど、その重要性が増している。とくにそれは、現在の上皇夫妻が、皇太子夫妻であった時代から続けてきた「慰霊の旅」で鮮明になった。
天皇や皇族は、憲法の制約があり、政治に影響を与えるようなことを述べるのが難しい。したがって、慰霊の旅において、日本が戦争中に行った行為について、直接謝罪することができなかった。
だが、日本の側に大きな過ちがあったことも事実で、それを素通りすることはできない。そこで上皇夫妻は、文言を慎重に選び、そうした過去の過ちを暗示するような「お言葉」を発してきた。
それは現在の天皇夫妻にもはっきりと受け継がれており、海外を公式訪問した際に行う挨拶において、官僚が用意した文章を読み上げるのではなく、そうしたものを参考にしつつも、自分たちの言葉で挨拶の文章を練り上げることに心血を注いでいる。
今年6月のオランダ訪問で、天皇が行った晩餐会でのスピーチがその典型で、皇后とともに英語の原稿を幾度となく推敲したと伝えられている。それも、戦争中には日本軍がオランダの人々を強制収容所に送り、悲惨な生活を強いた出来事があったからである。
愛子内親王は、この努力を両親から聞かされたことだろう。