和の激しさを証明する逸話

直情的といえば、和の激しさをよく表す逸話がある。1904(明治37)年5月8日、日比谷公園で日露戦争の市民による祝捷会しゅくしょうかいが開かれた際、提灯行列の波が馬場先門付近で将棋倒しとなった。和はただちに駆けつけると、橋の欄干から群衆のなかへ自ら飛び込み、死傷者を次々と担ぎ出しては救助にあたり、警官に向かって「貴官の剣を貸し給え」と絶叫したという。後先考えずに救助にまい進する姿は看護師の鑑だが、一歩間違えば和の命もなかっただろう。

職業人として次々と道を切り拓いた一方、恋愛や結婚においてはどこかレールを外れ、望む結末にたどり着けない和。看護師として奔走する社会的な顔と、涙ながらに結婚を願う個人的な顔とは落差があるようにみえて、和のなかでは繋がっているのである。