失われた日本の宗教の核心
日本人の宗教心の根底には「先祖崇拝」の観念があると指摘されてきた。
亡くなった先祖の位牌は仏壇に飾られ、子孫はその前で手を合わせた。遺骨は墓に葬られ、子孫は定期的に墓参りに訪れ、やはりその前で手を合わせた。
日本の民俗学の開拓者である柳田國男は、親譲りの仏教嫌いであったせいで、死者は仏になるのではなく、山へのぼって山の神となり、春になると里におりて、その家の田を守る田の神になるのだという説を唱えた。
その説は広く受け入れられ、仏と神はほぼ同一のものとして捉えられるようになったが、今や農家は減り、多くの人々は先祖のおかげを感じることのないサラリーマン家庭になっている。
日本の宗教団体の信者数は、既成宗教でも、創価学会のような新宗教でも、バブルの時代がピークで、その後大幅な減少に転じた。それも、先祖崇拝を核にした日本の宗教が意味を失ってきたからに他ならない。
男性を重んじる先祖崇拝の消滅
今回の皇室典範改正問題で、政治家や保守派が男系での継承にこだわり、女性天皇や女系天皇排除に動いたことの評判がひどく悪かったのも、そうした社会の変化が関係している。
先祖崇拝において、崇拝の対象になるのは、農家では水田を開き、それを維持してきた男性の先祖である。女性の先祖が崇拝の対象になることはない。つまり、日本人の信仰の核にあるとされた先祖崇拝は、ことさら男性を重んじる信仰であったのだ。
サラリーマン社会では、男性の先祖が重視されることはない。とくに男女平等の観念が広まることで、女性の重要性は飛躍的に高まった。そうした社会に生きる人間には、男系を絶対視することなどまったく理解できない。
政治家は、故郷が選挙区になっていることが多いので、頻繁に帰省する。そこで一般の国民との間にズレが生じている。強引な皇室典範改正も、そのズレが深く関わっているのではないだろうか。「帰省嫌い」が増えた昨今、どうしてもそんな思いがよぎるのである。
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。