皇室の伝統を完璧に破壊した皇室典範改正

戦前の旧皇室典範は、それが定められてから一度も改正されなかったものの、明治40(1907)年に一度増補されており、その第6条は、「皇族ノ臣籍ニ入リタル者ハ皇族ニ復スルコトヲ得ス」となっていた。いったん皇族から離れたら、二度と戻れないというわけである。皇籍復帰の、禁止である。

これは、戦後の皇室典範には盛り込まれなかったものの、それが伝統としてとらえられてきたことは間違いない。しかも、戦後の皇室典範第9条は「天皇及び皇族は、養子をすることができない」と定めていた。今回の令和の改正は、そうした皇室の伝統を完璧に破壊したのだ。

保守派は、女系天皇は、皇室の長い伝統を破壊するものであり、断じて認められないという立場をとってきた。

ところが、それに固執するあまり、別のところでは平気で伝統を破壊している。

ただ、別の見方もできる。これまで改正されることがなかった皇室典範が、歪んだ形ではあっても改正されたことには意義がある、と。

戦前の皇室典範は、途中で増補はされても、改正はされなかった。戦後の皇室典範も、上皇が退位するときにさえ特例法で処理され、改正には至らなかった。それが今回、改正されたのであり、「典範」という言葉の特殊な響きから解放されたとも言える。

「即位礼正殿の儀」で高御座から即位を宣言される天皇陛下(2019年10月22日)
「即位礼正殿の儀」で高御座から即位を宣言される天皇陛下(2019年10月22日)(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

はるかに容易になった「次の改正」

これまで皇室典範には、天皇が定めたことで、議会が改正できるものではないというニュアンスがあった。

養子案にしても、それは、保守派にとって「最後の切り札」である。もしそれが機能せず、養子が現れなかったら、さらにその先に打つ手がない。

すでに旧宮家の系譜に属する人々からは、一般国民として長く暮らしてきた人間が皇族に復帰するのは無理だという声が上がっている。

しかも、養子となった人間は二度と皇室を離れられないと定められてしまった。養子に入ってうまくいかなくても、もう皇室から逃げられないのである。なんとも恐ろしい規定である。皮肉なことに、養子になると手を挙げることを、この法制は確実に難しくしている。制度の作り方を誤っているとも言えよう。

ただ、皇室典範がいったん改正された以上、次の改正が、これまでとは異なり、はるかに容易になったのは間違いない。

これから求められるのは、女性天皇や女系天皇を認める方向での改正であり、それこそが国民の多くが望むところである。養子が現れでもしたら、愛子内親王に継承権がないことが不自然とされ、「愛子天皇」待望論を再燃させる。すでに、そうした気運はより一層高まっており、麻生副総裁の思惑通りに事は進んでいない。

決定的な大誤算があったのではないか、と言うのは、まさにそこなのである。

島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。