親子の信頼関係を強くするために

だからこそ、幼児期に他者の痛みを想像する経験が大切なのだろう。建前の言葉ではなく、本心からの謝罪かどうかを感じ取る“真っ当な感覚”も、そうした経験の中で育まれていくのではないか。秋田先生は言う。

「そこが大切なポイントですね。親や周囲の大人が子どもたちに伝えていかなければならないことですね」

再び我が身を省みた。私はKに謝れているだろうか。

私はたびたびKを怒ってしまう。秋田先生の言葉を借りれば、「怒る」とは、自分の情動が閾値を超えること。一方で「叱る」は相手に寄り添いながら理由を語ること。

私だって、Kに対して、いつも余裕を持って向き合いたい。けれど、〆切りに追われているさなかに仕事部屋で遊ばれたり、忙しい朝に保育園への登園を渋ったりすると、どうしても感情的になってしまう。不機嫌な父の言葉によって涙を流すKを前にして、いつも自己嫌悪に襲われ、反省する。だが、しばらくすると同じ過ちを繰り返す。そんな私にとって、秋田先生のアドバイスは染みた。

「生の人間ですから、ときには怒ることだってありますよね。そのときには『ごめんね』『怖かったね』と謝ればいいんです。大人の権威ではなく、素直に『ごめん』と子どもに言えれば、親子の信頼関係は強くなっていくと思いますよ」

私が求めていたものは、謝罪会見のような「ごめんなさい」だったのかもしれない。その可能性に思い至り、ハッとした。

Kは、それを本能的に拒んでいたのだろうか。