麻生副総裁にとって決定的なトラウマ

麻生氏が、このように死者の言葉によって動かされてしまう背景には、強力なコンプレックスの存在がある。

麻生氏は、明治時代から続くいわゆる「麻生財閥」の御曹司であり、30代でその中核企業である麻生セメントの社長に就任している。

戦後の復興に尽くした吉田茂首相は祖父にあたる。日本の事実上の最初の首相(内務卿)であった大久保利通は高祖父である。ほかに、義父が元首相の鈴木善幸である。首相経験者では、岸信介、佐藤栄作、細川護熙が、関係は遠いものの親戚になる。

それだけの政治家として名門の家に生まれ、実際、首相にまで上り詰めたわけだが、その在任中の2009年の衆院選で自民党は大敗し、民主党に政権を奪われている。

そこには、2008年の「リーマン・ショック」による世界同時不況という事態が影響したものの、経済政策で失敗し、内閣支持率は10パーセント台まで下落した。

そうしたなかで、解散を先延ばししたことも優柔不断という悪評に結びついた。民主党に政権交代を許した「戦犯」として、麻生氏は、首相失格という烙印らくいんを押されてしまったのである。

それは、麻生氏にとって決定的なトラウマになったに違いない。安倍氏と盟友の関係を続けたのも、自分には「ナンバーワン」になる資格はないと諦め、「ナンバー2」に徹しようとしてのことではなかっただろうか。現在では、高市首相を支える「キングメーカー」として君臨することで、そのトラウマを払拭しようとしている。

活かされない「首相失格」の烙印

不人気で首相の座を降りる政治家はいくらでもいる。だが、それが、与党から野党への下野に結びつくケースはそれほど多くはない。そこに、麻生氏のトラウマの大きさが示されている。

高市首相も、皇室典範の改正に熱心ではあるものの、そこにかける情熱では、麻生氏にははるかに負ける。

麻生氏としては、現役の政治家であるあいだに、なんとか大きな花を咲かせ、それによって過去のトラウマから脱却しようともくろんでいるのではないか。そんなチャンスが今やめぐってきたわけだから、それを活かさない手はないはずだ。

けれども、皇室典範の改正は難事業である。なにしろ戦後一度も改正されていないからである。今回それがなされなければ、当分、その機会はめぐってこないであろう。

麻生氏としては、首相失格の烙印を押されたとき、いかに世論が重要であったかを思い起こすべきである。

世論は、必ずしも男系男子の養子案を歓迎しているわけではない。世論が求めているのは「愛子天皇」待望論に見られる女性天皇、さらには女系天皇の誕生なのである。

天皇皇后陛下並びに愛子内親王殿下(出典=宮内庁Instagram[@kunaicho_jp])
島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。