※本稿は、服部真和『京都人が教えるずるいけどうまい合意の技術』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
「対立」は力で制さないほうがいい
京都では世間から「イケズ」と呼ばれる、相手を立てながら本音をすかし、遠回しに伝える文化があります。一見、回りくどくていじわるに思われるのですが、じつはこの「衝突を避け、相手の顔を立てる」振る舞いは、対立を未然に防ぎ、調和を実現する「ずるいけどうまい合意の技術」です。
さらに、人間関係を俯瞰し、相手個人だけでなくその背景にある「場」を見据えて戦略的な根回しを行う調和設計の知恵が京都では熟成されています。こうして全体を調整することで、京都では争いが起きず、物事は前へ進んでいるのです。
私はこの「対話術」と「根回し」という2つを武器に、京都特有のまちづくりや景観といった行政・事業者・住民が対立しかねない場面で調整役を担い、300件を超える地域の争いを未然に解消してきました。
その経験から確信していることがあります。人を動かすのは、説得や論破ではありません。一見、何気ないやりとりのなかで「調和」に導くことこそが、人を動かす力になるということです。
ここで提案するのは「相手を言い負かす」ための説得術でも、人を圧倒する交渉術でもありません。むしろ真逆です。対立を力で制するのではなく、壊さずに前へ進める技術です。本稿では、とてもやっかいな「承認欲求」についてお伝えします。
「承認欲求のこじれ」が関係悪化の原因
承認欲求とは、「自分を認めてほしい」とか「大事に扱ってほしい」という気持ちのことです。これは誰にでも備わっている自然な欲求であり、むしろ人と人を結びつける大切な要素ともいえます。なぜなら、人間は、誰かに認められることで自信を持ったり、安心して行動できるようになるからです。
ですが、この承認欲求が満たされないと、途端に対人関係は不調をきたします。
たとえば、あなたが会議で意見を述べたとき、上司や同僚から検討もなく即座に「いや、それは違う」と否定されたとします。表面的には単なる意見の相違ですが、きっと「自分の存在を否定された」と感じ、感情的な反発が湧きおこるはずです。これが承認欲求を満たされなかったときの典型的な反応です。
逆に、誰かが相手に対して「論破してやろう」と攻撃的に反論しているときも承認欲求が要因となっていることが多いです。この場合、論破をすること自体が承認欲求を満たすわけです。
一方で、論破されてしまった相手は「主張をくみ取ろうともせず、揚げ足を取られた」とか「自分の立場や考えを軽んじられた」と受け取ったりして心を閉ざしてしまいます。
いずれも「認めてもらえなかった」という承認欲求のこじれが関係を悪化させる火種となっています。