子育ての成功が生んだ「愛子天皇」待望論
そうした形で愛子内親王が成長を遂げると、その内親王ならではの知的な優雅さが国民を引きつけるようになり、「愛子天皇」待望論が高まりを見せる結果となった。子育ての成功が思わぬ事態を生んでしまったのである。
現在の皇室の体制では、どうしても母親にプレッシャーがかかり、責任をすべて押しつけられる形になってしまう。
紀子妃が、ある意味悲壮な覚悟をしなければならないのも、それが関係する。親が直接育てない昔のやり方が今に通用するわけではないものの、何か策を講じる必要がある。そうでないと、悠仁親王は愛子内親王以上に国民の信頼を集めることができないままになってしまうのだ。
果たしてこのままでよいのだろうか。
親王や内親王の子育てや教育を、それぞれの母親任せにしておくのは問題であり、責任を無理に押しつける結果にもなっている。そこには第三者が関わることが必要なのだ。今の皇室のあり方に対する国民の不安の一つは、間違いなくそこに発しているのである。
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。