女性宮家創設では解決できない皇族数の減少
たしかに、女性宮家が創設されたとしても、その配偶者や子どもを皇族としないのであれば、今や減少を続けている皇族の数を増やすことには結びつかない。それに、内親王や女王が結婚しなければ、女性宮家は生まれない。その間に、彬子女王が結婚しないまま三笠宮家の当主になるという想定外の事態も生まれている。女性宮家の創設が、問題の解決に貢献する可能性はかなり低い。
となると、具体的な方策としては、旧宮家の養子案しかないことになる。あるいは、国民民主党の政策にあったように、旧宮家の男子を直接皇族に迎えるということも考えられる。
では、そうした方向で皇室典範が改正されたとしたら、いったいどういうことが起こるのだろうか。それは、意外な結末をもたらすかもしれないのである。
一般の国民となった旧宮家の変遷
旧宮家とは、「旧皇族」とも呼ばれる。戦前においては、宮家は現在に比べてはるかに多かった。日本は戦争に敗れたことで連合国による占領下におかれ、皇室の経済が問題にされた。戦前の皇室は、現在の国有林である「御料林」を所有していた上に、優良企業の株を大量に保有しており、「皇室財閥」と言われるほどの大金持ちだったのである。
占領を実際に担ったGHQは、この皇室財閥の資金こそが、日本を無謀な戦争に追いやった元凶の一つであるととらえ、その解体を行った。御料林が国有林になったのもそのためで、皇室の財政は一気に縮小された。そのため、多くの宮家を維持していくことが困難になり、天皇家と天皇の弟宮である秩父・高松・三笠の3宮家を除いた11の宮家が皇族を離れ、臣籍降下して一般の国民となった。旧宮家とは、その11の家のことである。
臣籍降下が行われたのは1947(昭和22)年10月14日である。それは、今から80年近くも前になる。その後、5つの家が、男子がいないため断絶し、2つの家が同じく断絶が見込まれている。続いているのは、4つの家だけである。